第44話
「菜摘さんと会うのはなん年ぶりかしら」
「事故の時に見舞っていただいたのが最後ですから、十年ぶりになると思います」
「そうだったわね。本当に痛ましい事故だったわ。トラックの居眠り運転が原因だった。普通だったらトラック相手に絶対に助かっていなかったのに貴方達三人は無事だった。初めて神に感謝したわ」
蓮の母親の玲子さんはおばさんと呼ばれるのを嫌っているので、わたしたちは幼い頃から玲子さんと読んでいる。玲子さんは相変わらず綺麗だった。歳をとることを忘れているのではないだろうか。時々連が妖怪ババアと読んでいるけど、こうやって玲子さんと久しぶりに会うと蓮が言うように歳をとらない妖怪のようだなと思ってしまった。
「身体の方はもう大丈夫かね」
れんのお父さんは歳をとっていたが渋くなって素敵なおじさまと言う感じだ。蓮と似ているから蓮もいつかはこんな風になるのかな。
「はい。おかげさまで足も普通に歩けるようになりました。寒い日は疼くこともありますが正座や走ること以外は大丈夫です」
「正座は足の形も悪くなると言われているから、する必要はないよ。でも寒い日に疼くのは知らなかったな。住むところは暖かいところにした方がいいな」
蓮の言ってることはいつもよくわからないことが多い。暖かいところに住むってどう言うこと? まさか沖縄から通勤するとか言いださないよね。
「そうだな。暖かいところに住むというのはいい考えだ。私も引退したら暖かい所に住みたいと思っている」
「あら、引退なんて考えているの? 一生続けるのだと思っていたわ」
「さすがに歳をとって来ると腕も落ちてくるから、のんびりとした暖かいところで小さな診療所でも開いて暮らしていきたいなと考えているよ」
「あらやっぱり医者は一生続けるのね」
「そう言えばそうなるな」
まだまだ若い二人だから引退なんて先の話だ。
でもこの二人は理想の夫婦像だ。どちらも相手のことを縛ったりしない。とてもいい関係だと思う。
「結婚式はいつにするの? 披露宴は結構な数になりそうだから二回してもいいわね」
二回? 今、披露宴を二回って言った? サラッとすごいこと言われてるんだけど、どうなるの?
「菜摘さんは二人に任せてのんびりしてたらいいですよ。どうせこの二人には何を言ってもダメですから。初めっから勝負しないで、全て押し付けた方が楽ですよ」
蓮の父親は玲子さんとの結婚の時に自分がどれだけ抵抗したかを面白おかしく話してくれた。自分の時は披露宴が三回だったと遠い目をして語ってくれた。披露宴は三回とも途中で病院から呼び出しがあって、後で宥めるのが大変だったらしい。でも披露宴を逃げれたのなら羨ましい。それに男性は服装がそれほど変化がないからいいけど、披露宴と言ったら花嫁はお色直しがあるのだ。とてもじゃないけど、披露宴は一回でお願いしたい。できればお色直しも一回でいい。着物とドレスでいいよね。
「ダメだ! ウェディングドレスも白無垢も打掛も見たいから。ああ、写真も撮らないとな」
「え? 写真って最近は外で撮ったりするって聞いたけど、モデルでもないのにそんなのしないからね」
「ユカは喜んでたぞ。高木に見せびらかされたんだ。今度は俺が見せびらかさす番なんだから絶対にするからな」
なんなんだろう。この子供みたいな男は。見せびらかすとか勘弁してほしい。ユカみたいに美人ならそれもありだけど、年齢からいってもキツイよ。足だって……。
「蓮、外はダメだ」
「なんで父さんが…」
「撮影は時間がかかるだろう。ドレスを着れば靴はパンプスかヒールだ。足に負担がかかる」
ハッとした顔で蓮はわたしを見た。なんか悪い気がする。健康的な花嫁だったら普通のことなのに気を使わせてしまった。
「わかった。室内でするし、座っててくれればいいから。だから撮影は譲らない」
ここまで気を利かせてくれたのに嫌だとは言えなかった。後でもう一度話し合う事にしよう。
そのあとは蓮の両親と食事をした。お手伝いさんが食事を運んでいる姿を見ると、ため息しか出ないけど蓮の両親とは小さい頃からの知り合いなので思っていたよりは緊張しない自分がいた。
それは蓮の両親が昔と変わる事なくわたしを受け入れてくれたからだと思う。庶民である自分を友人としては認めてくれていたけど、結婚相手としては反対されるのではないかと思っていたからほっとした。内心はどうあれ連が言うように賛成してくれているようだ。
本当に結婚しても大丈夫なのかもしれない。蓮の両親との夕食が終わる頃にはそんな気持ちになっていた。
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