第12話 蓮side
ユカに会いに行くために歩いて行く菜摘を見送りながら待っていることを拒否されなかったことにホッとしていた。やっとここまできた。この十年ずっと菜摘の側にいる他の人間に嫉妬していた。自分のものだと、ぜったいに俺の元から去ることはないと思っていた菜摘に見限られたのは高校三年の冬だった。あの事故で全てが変わった。俺たち三人はずっと一緒だとタカをくくっていたからバチが当たったのか。
この間はまだ会う予定ではなかったのに声をかけられて正直ビビっていた。もしまた拒否られたらどうしたら良いのか。胸の動悸が早くなっていた。それでも冷静さを装って振り返った。
十年会っていなかったからか菜摘は俺のことがわからないようだった。普通わかるだろう。一時期は身体の関係まであった男を忘れたのかと怒鳴りそうになった。でもここで焦って墓穴を掘るわけには行かない。十年も待ったのだ。この計画だって何年も前から進めてきたのだ。もし失敗すればもう立ち直れないかもしれない。一度は捕まえていたのに自分の失敗で逃げられてしまった。今度は逃げられないように慎重にいかなければ。
俺はあの事故の時のことを思いだしていた。どこで間違ったのか。もし時間を戻せることができるのなら前の日からやり直したい。
ユカが寝坊するのはいつものことだった。特に珍しいことでもなかったが今日はセンター試験の日だったから少し慌ててしまっていたのかもしれない。電車でも十分間に合っていたのに家から車を出してもらった。
菜摘が志望大学を未だに俺たちに内緒にしているので今日こそは二人で聞き出そうと計画を立てていたから車の方が都合も良かった。
最近いつもしているようにユカが菜摘にどこの大学に行く予定か尋ねている。答えはいつもと一緒で菜摘は「センター試験の成績次第ね」と答えている。この時期に志望大学を決めていないものなどいないのになぜ隠すのかとイライラしていた。昨日も二人で会っていたのだから聞けば良かったのだが、いつも使わせてもらってる従兄弟のマンションには従兄弟が恋人を連れてきてたので話ができなかった。昨日は色々話したいことがあったのに……。こんなことなら抱く前に話をすれば良かったのだ。体を重ねるのが久しぶりだったからがっついてしまったのがいけなかった。試験の前の日だったのに鬼畜だったと家に帰ってから反省した。今日は試験が終わったらまた会うつもりだ。志望大学を聞いてこれからのことも話し合わないといけない。
『ガッシャーーン』
大きな音と同時に身体が外に投げ出された。後ろの座席だったからシートベルトを着用していなかったからだ。一瞬だけ気を失っていた俺はすぐに菜摘を探した。車の中を見ると前の座席にいたユカと目があった。運転手はもう駄目だとすぐにわかった。ユカが「助けて!」と言ってるのはわかったが菜摘が心配で無視してしまった。運転手の姿に動揺していた。菜摘が死んでしまっていたらと思うと何も考えられなかった。そして俺と同じように外へ投げ出されている菜摘を見つけた。菜摘をざっと見て意識はないけどどこからも血が流れていないので俺と同じで投げ出されたことによって怪我をしなかったのだと思った。それでも意識が戻ってないのが気になったので何度も菜摘の名前を呼んだ。それに答えるかのように瞼が開いたときはホッとした。大丈夫かと聞くと目を閉じたので頷いたのだと思った。
菜摘の無事を確認するとユカに対して罪悪感が生じた。急いでユカの所に戻る。必死にドアを開けようと叩いている。頭からは血が溢れている。
「ユカ、ユカ。大丈夫か? 今、助けるからな。だれか、手伝ってください。ユカが…ガソリンの…ドアが開かないんです」
ドアが何かと挟まっているのかビクともしない。ガソリンの匂いもするので急がなけれなばならない。その時の俺の頭の中にはもう菜摘のことはなかった。菜摘は無事だったと頭の中で処理されていたからだ。
救急車で運ばれるときは自分の家の病院を指定した。従兄弟の朝比奈一也が当直だと知っていたからだ。何も考えていなかったのだ。ただユカの頭から流れている赤い血が自分が置き去りにしたせいのような気がして後ろめたかった。ユカがチラチラと俺の方を見ているのも責められているように感じていた。
早く病院に到着すればいいのに、ずっとそんなことばかり考えていた俺はこれから数時間後に後悔することになる。ユカに「どうかしたのか」と一言声をかけていたらユカと俺もこんなに何年も無駄な時間を過ごすことにはならなかったのに……。
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