第11話


ユカに会う日はもう三月だというのに雪がちらついて朝から寒かった。そして何故か蓮も着いてきた。車はメルセデスベンツの赤。


「外車に乗ってるのね」


「慣れてるからこの方が良いだろ。赤好きだったよな」


話が通じない。これってもしかしてわたしの車なの? こんな派手な車に乗って会社に通勤しろって言うの? いや、ないない。


「こんな車に乗って会社に通勤するなんてできるはずないでしょう?」


「ベンツは事故しても頑丈で有名なんだ。俺の安心のためにもこれに乗ってくれ」


事故の事を言われると弱い。でもこの色とかヤバイよね。会社の有名人ナンバーワンとかやめてほしいわ。


「せめて白とかもっと目立たない色の車はないの?」


「白が良かったのか? 赤が好きだって聞いてたから赤にしたんだよな。じゃあこれは遊びに行く時にでも使うことにして通勤用に白を買いに行くか」


このあいだの話では自分が使っている車の中から貸してくれるという話だったはずなのにこの赤い車も新車。これに乗って通勤は出来ないと言うとまた新しく買い直すと言う。ベンツって高かったよね。まるでみかんとオレンジを間違えて買ったから買い直すような気軽さで言ってしまう蓮はやっぱり御曹子だなって思う。どうするべきか? 我慢してこの車で通勤するか、蓮の言ってるように白い車を買ってもらうのか。


「この車で通勤もするから白い車はいらないわ」


結局わたしが折れてしまう。だっていくらするか想像もつかないような高級車を二台も買ってもらうわけには行かないよ。きっと一台でうちの実家余裕で買えちゃうんだろうなと思うと兄が哀れだった。

自分の要求が通った蓮はさぞかし満足な顔をしているかというとそうでもない。むすっとした顔でハンドルを握っている。


「どうしたの? この車気に入ったの? だったらわたしは普通の日本車でいいのよ。蓮の持ってる車の中の滅多に使わない車でもいいし……」


出来たら小回りのきく軽がいいなぁって思いながら言ってると呆れたような視線を感じた。


「俺が滅多に乗らない車って一番高い車なんだけど本当に良いの? 俺は別にそれでも構わないけどこの車より目立つこと間違い無いと思うよ」


この車より目立つっていったいどんな車なんだ? まさか金で出来てるってことはないよね?


「この車が良いです。この車にしてください」


結局なんで不機嫌な顔だったのかと聞くと「もう一台買えるかと思ってたのに」としょうもない理由だった。どんだけ車を買いたいんだか。これはユカの車も蓮が買ってる可能性強いな。


「そんな顔するなよ。この車、赤も良かったけど白も俺好みでいい感じだったんだ。菜摘が赤が好きだって聞いてたから赤にしたんだけど……白も捨てがたいんだよな」


どうして男って車が好きなんだろう。わたしは車は動けば良いって考えだから掃除もあまりしないしメンテナンスも必要な時だけしてた。車に向ける蓮の情熱は昔も今も理解できないよ。


ホテルに到着すると蓮は車に乗ったまま降りようとはしなかった。てっきりついてくる気かと思っていたので拍子抜けした。


「いいの? ユカに会えるよ」


「会いたい時に会えばいいから今日は遠慮するよ。ユカの方も二人で会いたいって言ってたから」


「じゃあ、電車で帰るからここまで連れてきてくれてありがとう」


「何を言ってるんだ。ここで待ってるから」


「待ってなくていいよ」


「いや、アメリカの免許を日本用に更新したとはいえ日本の道路には慣れてないだろ。帰りは菜摘が運転するんだ。俺が隣で見ててやるから」


断ろうと思ったけど、確かに更新の時に少しだけ車に乗って運転させられたけど日本の道路とアメリカの道路は違うから不安だ。横からうるさく言われるのは嫌だけどせっかくだからお願いしよう。


「それは助かる。ありがとう」


車から降りてユカの所へといくわたしに不安を感じたのか蓮がわたしに一言だけ呟いた。


「ユカのこと悪く思わないでくれ」


どういう意味なのか分からない。わたしは蓮のこともユカのことも責めたことはない。事故は仕方のないことだったし、蓮とユカが先に救急車に乗って運ばれたこともわたしに運が足りなかったのだと思っている。そのおかげでアメリカという土地で暮らして気の合う友達もたくさん出来た。

だから今だに責任を感じて蓮が色々してくれるのもどこかでやめてもらおうと思っている。だからユカのこと悪く思わないでくれって言う蓮の言葉はショックだ。わたしは今も昔も蓮の言葉に傷つけられている。

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