第23話


壁に細工はなかったが合鍵問題が解決したわけではない。

蓮は何をしたいのだろう。昔と同じ関係に戻りたいのだろうか。でも今のわたしは昔とは違う。

そして蓮だって昔の面影はない。別れを切り出したのは自分だったのに、わたしはアメリカで蓮が訪ねてきてくれるのを待っていた。幼なじみとしてでも良いから来てくれないかなと長い間待っていた。でも蓮もユカもわたしのことなど忘れたかのように一度も姿を現さなかった。

どうして今になって二人が現れるの?

やっと気持ちが落ち着いたのにまた悩むなんて嫌なのに、日本に帰ってこなければ良かったのかな。

蓮の出張は長かったようでわたしの日本本社初出勤の日もまだ海外にいるようだった。毎日LINEは送られて来る。写真も送付されているので暇なのかなと思う。

わたしはとりあえず既読にしてスタンプだけ送っている。このスタンプに夢中でいろんなタイプのスタンプを購入してしまった。

LINEに入れてる友達の数は少ないのにスタンプだけはたくさんあって使いきれない。早く友達を作らなければ……。

蓮はいないけど車で出勤することにした。どこかで見られてる気がするし、車を使わないと本当に運転手付きの車をよこして来そうで怖い。

駐車場は前もって聞いていたので難なく入れることができた。この駐車場は結構広いので良かった。


「やあ、久しぶりだね」


案内されて先にいたのは高木聡さんだった。高木さんは重役だから会うこともないと思っていたのにどういうことだ?


「久しぶりです。えっと、間違いで案内されたのでしょうか?」


「いや、間違いじゃないよ。君にはここで働いてもらう。これからよろしく頼むよ」


「え?」


ここでってどこですか? まさか目の前にある机で働くんじゃないですよね。

専務である高木さんの机の横に用意されているのがわたしの机だと笑顔で言い切る高木さんが怖い。


「すみません。わたしは秘書の教育は受けてないので無理ですよ」


「秘書は部屋の前にたくさんいたでしょう? 秘書ではなく君には専務付きで働いてもらうことになっているから。あ、言っとくが別に遊ばせるための職じゃないからね。本当に専務としての私の仕事のフォローをしてもらう。君の実績はアメリカ支社で聞いているから大丈夫だろう。期待しているよう」


いきなり専務の仕事のフォローとか無理でしょう。まさか本気じゃないですよね。

私の目力での質問は却下されたようで次々と仕事を渡される。

秘書の業務と思われるものは秘書に渡して問題ないようだ。それにしてもこれだけの仕事を覚えないといけないなんて、一月以上の休みはこのための布石だったのだろうか。

お昼の時間がくるまで息をつく暇もなかった。大袈裟ではないですよ。


「昼食はどうする?」


「社員食堂の場所も聞いてますから心配ないですよ」


「ユカが一緒に食べたいと言ってるんだが」


「今日は初日なので遠慮します。ってもしかしてユカはここで働いてるんですか?」


ユカが働いているとは思っても見なかった。どうして誰も教えてくれなかったのだろう。


「秘書課にいるんだけど気づかなかったんだね。さすがに結婚したら辞めることになっている」


ユカは働かなくても十分に暮らせるのに何故働いているのだろう。彼女の鞄はここの給料で買えるようなものではないし、働く意味ってあるのかしら。


「ユカは秘書として優秀だよ。一時期別れてた時は彼女がそばで働いているのが苦痛だったけど優秀な彼女を首にはできなくてね」


わたしの表情で何か思ったのかユカの優秀さをアピールされてしまった。

二人が何故別れていたのかは知らないけど高木さんはユカのことを本当に好きなことが伝わってくる。


「あの、変なことを聞きますが高木さんは蓮のこと気になりませんか? 」


わたしの突然の質問に高木さんは目を見開いた。

でもこれはいつか聞きたいと思っていた。あれほどの男の存在を無視することができるのだろうか。それにしても今ユカが乗ってる車は蓮のだし、マンションだって蓮の持ち物だ。そこが新居になると聞いて高木さんの意見を聞きたかった。高木さんだってものすごい金持ちだと思う。それなのに蓮がいたら全部持っていかれるのに気にならないはずがない。


「それは蓮とユカが男と女の関係じゃないかってこと?」


「そういうことではなく、蓮を邪魔に思わないのかなってことです」


「ああ、それは邪魔だね。早く彼も結婚でもしてユカのことに首を突っ込むのをやめてくれないかなとは思っているよ。正直、大学生の頃は嫉妬もしたしそのことでユカと喧嘩にもなった。でもあれは恋人に対するものとは違う愛情だって気付かされて目が覚めたよ。二人とも恋愛感情はどこにもない。中学生の時にキスをしたことがあるけど何も感じなかったらしい」


中学生の時にキスをした? それはユカからも聞いていない。どうして教えてくれなかったのだろう。


「それを信じてるんですね」


「今は信じられるようになった。年をとってわかってきたんだ。でもやっぱり邪魔なんだよね。できたら君にさらって行って欲しいくらいだ」


それだけ言うと爽やかな笑顔で部屋から出て行った。

『高木さんって本当にかっこいい。笑顔がまた素敵』ユカにLINEを送ると『わたしのだからね』と返ってきた。





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