第24話
「う…つ、疲れたぁ」
カバンを投げ出しソファに寝転んだ。出勤初日だというのにこんなに詰め込まれるとは思ってもいなかった。こんなことでやっていけるのだろうか。
あくまでも補佐だから責任のある仕事は回ってこないけどとにかく座る暇もないほどの忙しさだった。今まで一人で仕事をこなしてきた高木さんはやっぱり凄い人だ。
夕飯どうするかな。動きたくないしな。
『ピローン』
LINEの音だ。誰だろう。ユカかな。
『お疲れ様! 初出勤大変そうだったね。声もかけれなかったよ』
涙を流しているインコのスタンプ付きだ。
『お疲れ様。ユカが秘書しててビックリしちゃった。優秀だって高木さんが言ってたよ』
私もお返しに笑顔たっぷりのクマのスタンプ付きで送った。
電話と違って考える時間があるのは良いよね。
『ふふふ、驚かそうと思って黙ってたの』
『すごーく驚いたよ』
しばらく他愛もない会話をした後に蓮の話になった。
『夕飯は食べたの?』
『まだなの』
『何か食べた方が良いわよ。そっか、なっちゃんは料理できないんだっけ。私は使ったことないけど出前とかあるらしいわよ』
日本には出前という文化がある。でも一人前は無理だと思うよ。ユカが出前とか知ってるなんて不思議な感じ。
『出前は一人前は断られるのよ。冷凍食品でも温めて食べるわ』
『蓮がいたら良いのにね』
ユカの言葉に返事ができなかった。今のはどういう意味なのか考えていたせいだ。
蓮がいれば二人だから出前がとれるという事なのか蓮がいなくて寂しでしょうと揶揄われたような気もする。
『初仕事はどうだった?』
『高木さんのすごさが身にしみてわかった。とにかく今日は座る暇もなかったよ』
『えっ? 駄目よ。座って仕事が出来るように椅子があるんだから、明日からは座って仕事をしてよ』
『でも立ったり座ったりするより立ってる方が楽なのよ』
『駄目よ。蓮が知ったら大変だから。とにかく座って仕事をするのよ』
なんかよくわからないけど立ち仕事は蓮の逆鱗に触れるらしい。蓮には黙っておくことにしよう。
とりあえずユカには『了解です』のスタンプを送った。
結局LINEは三十分も続いて、『聡さんが呼んでるから』と言う言葉で唐突に終わった。
わたしは冷凍食品を取り出して夕飯にした。今日の夕飯はカルボナーラのスパゲッティとコンソメスープ。野菜が足りないなと思った。
シャワーから戻ると蓮からもLINEが来てた。
『三日後に帰る』
一言だけのシンプルな言葉だけど、三日後からの事が不安になった。蓮も仕事があるからここに来る事は少ないだろうけど合鍵疑惑はまだ解決していないのだ。
「チェーンを絶対にかけとかないと」
でもチェーンしていてまたこの部屋に入って来れたら……。さすがに壁はないよね。この間念入りに調べた壁を見ながら思う。
「おはようございます」
「おはよう、昨日は初日だったのにすまなかったね。結婚するまでには西條さんに覚えておいてもらわないといけないからついつい熱が入ってしまったよ。今日は椅子に座って仕事をして大丈夫だからね」
昨日はユカに怒られたよとか言いながら高木さんも椅子に座る。椅子のことで怒られた件も気になるけど、今もっと大変なことを聞いてしまったような……。
「専務、今結婚式までに覚えてもらうって聞こえたのですがまさか……」
尋ねながらも聞き間違いだと思い声が段々小さくなっていく。
「そうだよ。西條さんには私とユカが旅行に行ってる間ここで留守を任せることになっているからよろしく頼むよ」
爽やかな笑顔でそんな恐ろしいことを言わないでほしい。専務とユカの結婚式は来月。そんな短期間にこれだけの仕事を覚えるのは不可能に近い。簡単に留守を任されても困る。
「旅行までに大体の仕事は終わらせる予定だし、他の人に任せていくから西條さんの仕事はここの流れを覚えてほしいのと何かあった時のための保険だよ。私とみんなのクッションのような役割をしてほしい」
「そう言うのは長年ここで働いてる人から選ぶものではないでしょうか? 」
「私の右腕になる人物は他の仕事のために不在なんだ。他にもいないこともないが皆、今は忙して『結婚式を秋にすればいいだろ』とか勝手なことばかり言って協力的ではないんだ」
そんなに忙しいのなら秋にすればよかったのに。わたしがクッションの役割をするより絶対に良いと思う。専務はわたしの目を見て何か思ったのか
「とにかくそう言うわけなんで頼むよ」
と言って話を終わらせた。
その後は昨日と同じで電話が多く専務とゆっくり話せるような時間は取れなかった。
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