第42話 蓮side


 菜摘が話してくれた内容は実は前から知っていた。父や一也さんから聞いたのではない。たまたま話しているのを立ち聞きしてしまったのだ。俺はその事に責任を感じていたが、菜摘が無事だったのだからそれで良いくらいに思っていた。まさか菜摘が朝日奈の跡継ぎのことを機にするとは思ってもいなかった。

 そもそも朝日奈は大きくなりすぎた。一応俺の母が祖父の跡継ぎで、その次が俺ということになっているけど、それは俺と母が優秀だからであり従兄弟の一也さんが医者にならなければ彼が跡を継ぐこともあり得たのだ。

 だから俺に子供がいなければ従兄弟は何人かいるから、その子供でも良いのだ。

 菜摘に話したように俺は子供については欲しいのかよく分からない。もし菜摘と俺に子ができたら、嬉しいとは思う。でもみ無理してまで欲しいかと聞かれたら答えはノーだ。


「女と男では考えが違うのかもしれないな」


 菜摘は俺のプロポーズに頷いてはくれたけど、具体的な話になると話を逸らして来る。できたら半年以内には籍を入れたいがズルズルと伸ばされそうだ。


「何をブツブツ呟いてるんだ?」


 高木が俺の肩を叩いて、隣に席に座った。


「菜摘を親に会わせたいんだが、のらりくらりと逃げられるんだ。どうしたものかと思ってな」


「それは仕方ないね。未来の姑に会うには覚悟がいるだろうよ。特に玲子さんは俺だって緊張するくらい威圧感ハンパないからな」


 確かに玲子さんと仕事の話をする時は俺だって緊張することがある。でもプライベートでは普通の母親に戻る。それは幼なじみでもある菜摘はよく知っているはずだ。


「いや菜摘は昔っから玲子さんとは仲が良いから、今さら緊張するとかはないよ」


「そん考えはダメだ。嫁、姑になると変わるものなんだよ。あれだけ仲が良かった、うちの母親とユカも結婚式の料理一つで揉めるんだから。間に入る俺は結婚する前からヘトヘトさ」


 高木が疲れたように笑っている。嫁と姑って本当にあるのかと実感させられた。

 菜摘と玲子さんが争う姿を思い描こうとしたけど全然思い浮かばない。

 菜摘はユカと違って気が強くないからは玲子さんに言われるがままになりそうだ。


「で? お前はどっちの味方をするんだ?」


「母親と話す時は母親の味方で、ユカと話すときはユカの味方をしているよ」


「な! それは結構やばいんじゃないか? 絶対にすぐにバレるぞ」


「わかってるけど、どっちかの肩を持つとさらに拗れるだろ? 難しいんだよ」


 嫁と姑は大変か。俺には関係ないと思っていたけど甘いのかもな。やっぱり結婚を機にしばらく外国で暮らす案は悪くなさそうだ。

 そうすればユカに邪魔されることもないだろうし、菜摘もユカのことを気にしなくなるだろう。

 最近は外国への出張が増えている。この際、外国で暮らす方が良いと玲子さんを説得する予定だ。そのためにも早く両親と菜摘を会わせたい。


「半年後に結婚って、さすがに無理じゃないのか?

ホテルも抑えないといけないし、結婚の準備って大変だぞ」


「ホテルはもう抑えたんだ。ちょうどキャンセルが出て、あそこなら文句も出ないだろう」


「何をそんなに焦ってるんだ? 急かさない方が良いと思うぞ」


 確かに自分でも焦っていると思う。菜摘のことになると冷静な判断ができない。


「また逃げられそうで怖いんだ」


「逃げられるって....、そんな事ないって言いたいがなんとも言えないな」


「高木もそう思うだろ? 菜摘には物欲がないからあっさりと俺を捨てる事が出来るんだ。リチャードが迎えに来るんじゃないかって思うと気が気じゃないよ」


「リチャードって、同居してた男のことか? でも半年くらい一緒に暮らしてただけだろ。西野さんの話では今は恋人関係じゃないって言ってたから、そんな心配はいらないと思うぞ。それにこれは西野さんから聞いたわけではないんだが、リチャードは彼女と婚約したらしい」


 西野さんというのは菜摘のアメリカでの同僚だ。リチャードと菜摘の関係がどうしても分からなくて西野さんに調べてもらったのだ。本来なら西野さんにはアメリカに行けるスキルが足りなかった。それを菜摘とリチャードの関係を調べてもらうことを条件に秘書として渡米したのだ。

 もちろん付き合っているかどうかだけを調べてもらっただけだから、その後は連絡を取っていない。だから彼女とリチャードが婚約したことも、今初めて知った。

 

「本当の話なのか?」


「ああ、間違いない」


 一番の心配がなくなったのでホッとした。だが安心するのはまだだ。

 とりあえず今度の休みは玲子さんと菜摘を合わせたいな。リチャードが迎えに来ることはなさそうだけど菜摘の気が変わらないうちに外堀を埋めたい。

 俺は秘書に玲子さんと父親のスケジュールの確認をするようにメールした。

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