第20話


「合鍵返してよね」


「合鍵なんて持っていないよ」


「だったらどうして部屋の中に入ってたのよ。おかしいでしょ」


そうわたしは今日寝坊して蓮との約束を破ってしまった。約束と言っても蓮が一方的に告げただけだったんだけどね。

朝、肩を揺さぶられてどれだけ驚いたことか。まさか本当に合鍵を持っているなんて。


「だから菜摘が鍵をかけるのを忘れてたんだって言ってるだろ。俺だってドアが開くから驚いたんだよ。俺だから良かったけど気を付けないと駄目だよ」


いかにもわたしの間違いのように言ってるけど騙されてはいけない。わたしは昨日の夜、鍵がかかってるのを何度も確認したんだから間違いなく蓮は合鍵を持っている。でもチェーンもあったのにどうやってはずしたのだろう。


「さあ、菜摘の運転でドライブしようか」


わたしは合鍵は絶対に返してもらおうと思いながら車を運転する。ナビの使い方も覚えているから大丈夫。でもこのナビはどこに向かっているのだろうか。


『三百メートル先を右折してください』


「このナビの行き先ってどこになるの?」


「昔の菜摘が行きたがってた所だ」


昔のわたしが行きたがってた所って言われても思い出せない。だって高校生の頃だよ。


「本当に覚えてないの?」


「本当にわたしが行きたかった所なの? ユカじゃなくて?」


「ああ、そうだよ。俺とユカが行ったって聞いて菜摘が珍しく、どうして誘ってくれなかったのって怒ってただろ」


ネズミの国だ。思い出した。確かにわたしは蓮と菜摘からネズミのお土産を貰った時にそんな事を言った。でもそれはネズミの国に行きたかったわけじゃない。どうして二人だけで行ったのかって意味だったんだけど全く通じていなかったようだ。

でもいまさらそんなことは言えない。やきもちを妬いてたことがバレてしまう。


「確かに高校生の時は行きたかったけど、この年で行きたいとは思ってないわよ」


「そうなのか? でもネズミの国好きだろ? カルフォルニアのも行ったんだろ」


「ど、どうして知ってるの?」


「聞いたことがあるから。そんなに好きだったんだって思ってどうして三年の夏休みに行かなかったんだろうって後悔したんだ」


「高校三年の夏休みは受験一色なんだからネズミの国に行ってる暇なんてなかったわよ」


夏休みの間ずっと受験勉強していたわけじゃないけどさすがに受験生がネズミの国には行かないよね。


「でも俺たちはいつも一也さんのマンションにいた。だったら一日くらいはネズミの国にいけたさ」


涼しくて勉強するには最適だった蓮の従兄弟のマンション。住んでいるわけではないマンションにはテレビなどもなく勉強するには丁度良かった。初めは蓮とわたしとユカの受験勉強に使わせて貰っていた。ユカが途中から用があると言って帰るようになって蓮と二人で過ごすことが多くなっていた。それで間違いが起こったのだと今なら冷静に考えられる。

思春期に若い男女が狭い部屋にいるのは良くなかった。ユカが帰った時わたしも一緒に帰るべきだった。


「受験勉強をしてたんだから遊びに行けるわけないでしょ」


「受験勉強ね。そんなのは初めだけだったって菜摘だって覚えてるはずだよ」


覚えてるけどそんなことは忘れてほしい。


「どうしてそういう話をするの? わたしを動揺させて事故らせるつもりなの?」


「そういうわけじゃないけど全部なかったことには出来ないって菜摘にわからせたいのかな」


全部なかったことにしたいのは蓮の方だと思う。どうして今になって蓮はこんなに積極的にわたしに関わってくるのだろう。十年も経ってるのに今更だよ。

わたしは黙ったままネズミの国まで運転を続けた。ネズミの国の駐車場は一杯で停めるのに時間がかかった。夢の国なのに駐車場は現実的だった。


「菜摘、俺たちが高校生の時にできなかった健全なデートをしようか」


「デートは他の人と来たらいいわ。わたしは日本のネズミの国に興味があるから来ただけですからね」


わたしは腕を組もうとする蓮を無視して切符売り場に並ぶためにさっさと歩き出した。

そして切符を買うために何時間も並ぶことになった。蓮は切符を並ばないと買えない事を知らなかった。前もって用意する人もいると聞いて驚いていた。かくいうわたしも知らなかったのだから蓮のことを笑えない。ユカといった時はどうしたのかと聞くと貰い物だったと答えた。


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