第19話
マンションの玄関の前で蓮とは別れた。その時に渡された車の鍵はテーブルの上に置いてある。
ユカは高木さんの車で帰ったので帰りはわたしが運転した。隣で蓮が見ているので妙に緊張したが無事にマンションまで帰ってこれた時はほっとした。
車の乗り心地も最高で、一度はこんな車を運転して見たいと誰もが思うだろう。でもこの車に慣れてしまっては大変だ。普通の勤め人に買える値段の車じゃないんだから肝に銘じておかなくては。
ユカは相変わらず綺麗だった。大人の女性としての魅力もあるのに、少女のような無邪気な所も残している。
あの事故はユカにとって初めての試練だった。でもそれも助けてくれる人がいた。蓮はきっとユカが立ち直るのに手を貸したはずだ。わたしに親切にしてくれているのもユカのためなのかもしれない。
「車だって、ユカの平穏のために貸してくれたのかな」
アメリカでの手術とリハビリのおかげでわたしの足は普通に歩けるようになった。正座は無理だけど椅子に座る分には問題はない。この事は出資者である蓮の家族には報告がされている。だからもう心配ないのに……。
このマンションの駐車場は大きいから問題ないけど、普通はギリギリのような小さい駐車場にあの車を入れないといけない。わたしにそれができるのか不安だ。ユカは少々ぶつけても大丈夫なような事を言ってたけどこの車の修理ってバカ高いはずだ。保険会社がかわいそうだ。わたしは傷が少々ついても気にしないで乗るけど蓮は少しの傷でも大騒ぎして直すに違いない。車馬鹿だからなぁ。
「練習するしかないね。兄にでも頼むかな」
きっと車を見て腰を抜かすだろうな。小心者の兄で大丈夫かなとは思うけど蓮に頼むと後が大変そうだし仕方ない。
「でも高木さんがわたしの勤める会社の重役だったことには驚いたなぁ」
わたしは独り言を呟く。一人暮らしが長いと独り言が多くなって困る。
まさかユカの結婚相手が会社の上役だったなんて思ってもみなかった。わたし以外の人はみんな知っていたのが引っかかる。朝比奈とは関係のない会社を選んだつもりだったのにどこかで繋がっていたのかもしれない。丁度わたしが就職先を探していた時に日系の会社が募集を出すなんて出来すぎだったのか。ざっと調べて朝比奈との関連がなかったので安心して就職試験を受けたのに……。
「でも蓮と一緒に働くわけでもないし、高木さんも重役って言ってたから会うこともないし気にしなくてもいいよね」
気にしないことにした。今の会社は気に入ってるしこの年で再就職が難しいこともわかる。甘えるのは嫌だけど真面目に働いているのだからコネ入社だったとしても今更そうすることもできない。
『ピロリーン』
LINE音だ。スマホの画面を見ると蓮からだった。
『明日はどこに行く? 運転の練習でもするか?』
御曹子は仕事がないのか。日曜も仕事をするんじゃないの? 日本人の勤勉さはどこに行った。
『兄に頼むから大丈夫。それより蓮は仕事とかないの?』
『日曜日に仕事するのはできない奴だけだよ。海外出張から帰ったばっかりだから落ち着いてるし、菜摘の運転の練習くらい付き合うよ』
『わたしのことは気にしないで』
『十時に迎えに行くから』
一方的に時間を告げた後は怒った顔のスタンプも既読スルーされてしまった。これは十時に用意してないと強制的に連れて行かれることになりそう。まさか鍵までは持っていないと思うけど、絶対にないって言い切れないところが蓮なんだよね。
服は何を着ようかしらとか考えてるあたりで期待してる自分に気づかされる。
蓮とはもう終わってるのに、十年も前に終わらせたのに駄目だ何を。蓮は幼なじみとしてわたしの心配をしてるだけなんだから期待とかしたらまた傷付くことになる。
明日はっきり言おう。もう心配いらないって、足も大丈夫だって言って……そして、そして、どうしよう。
友達として付き合うの? 隣なんだし絶交とか無理だしどうすれば良い?
わたしは明け方近くまで考えていて眠るのが遅かった。そして……蓮が迎えに来た時はまだベットの中で眠っていた。
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