第17話
十年ぶりに会うというのにユカはすぐにわかった。ホテルの中にあるカフェラウンジは窓から日本庭園が見下ろせる。
ユカは良い意味で目立っていた。昔と変わらない。とにかく目を惹く何かを持っている。他にも沢山の人がいるのに彼女だけしか存在してないかのようだ。
わたしが近付くとハッとしたようにわたしを見てとても嬉しそうに微笑んだ。
「なっちゃん」
出来ればその呼び方はやめて欲しかった。この歳でちゃん付けは恥ずかしい。
「ユカは全然変わってないね」
周りからの視線を遮るようにさっさと座る。
「そうかなぁ。なっちゃんは少し変わったね。でも無事に帰ってこれて本当に良かった」
「無事にって、戦争のある国に滞在してたわけじゃないんだから。それにユカだってアメリカには来たことくらいあるでしょ」
「旅行に行くのと暮らすのは違うわよ」
十年ぶりの会話とは思えないくらい自然な感じで話してる。蓮の時も感じたけどこれが幼なじみってことなのかもしれない。離れていた時間がなかったかのように昔に戻る。わたしはあの頃の弱い自分ではないと思っていたけどユカを前にすると昔のわたしに戻ってしまった気がする。
「結婚するんでしょう? おめでとう」
「ありがとう。高校生の頃はなっちゃんの方が先に結婚すると思ってたのに、私の方が先にするなんて不思議な感じだわ」
「わたしの方が先に結婚すると思ってたの? 高校生の頃からユカの方が男の子に人気があったのにどうしてそう思ったの?」
私が首を傾げながら尋ねるとユカがニヤっとした笑い方でわたしを見た。
「だって蓮って独占欲がひどいでしょ。遠距離恋愛とか絶対に無理だろうし蓮の留学に連れて行くために結婚させられるだろうなって思ってたの」
「えっ? 」
「なっちゃんは隠してたつもりだったみたいだけどバレバレだったよ。蓮を問い詰めたらあっさり白状したわ。でもなっちゃんの方から私に話してくれるだろうと思って待ってたの。結局、最後まで言ってくれなかったね」
まさかユカがわたしと蓮のことに気付いていたなんて。その事を蓮も知ってたってどう言う事なの? でもわたしと蓮の関係って恋人ってわけでもなかったのに蓮はなんて説明したんだろう。ユカが結婚すると思ったとか言ってるから絶対に勘違いされてる。
「あのねユカ。わたしと蓮の関係ってそんなんじゃなかったんだよ。だからユカに話せなかったの。結婚とか絶対に蓮は考えてなかったよ。ユカだって高校生の時の蓮の女関係知ってるでしょう? わたしもその中の一人だったんだよ」
ユカはわたしの話を聞くと目を丸くした。何言ってるのこの人はって思ってる顔だ。
「なっちゃんって目が悪かったのね。蓮のなっちゃんを見る目は獲物を狙ってるような欲してるようなそんなだったよ。あー、なっちゃん可哀想にって思ってたもの。それにね、あの事故の時蓮は初めに車の中を確かめにきたの」
それは知ってる。ユカを一番に助けようとした姿をわたしは見ていたから。
「あれってなっちゃんを探してたの。車の中にいないって分かってどうしたと思う?」
わたしを探してた? わたしが見たのは必死でユカを助けようとしている蓮の姿だ。あの時、わたしを探しているようには見えなかった。
「蓮がわたしを探していたの?」
「そうよ。私は車のドアが開かないし頭から血は流れてくるわで蓮に助けを求めてたのにまるで目に入ってなかった。なっちゃんの姿がないからって酷いでしょ? わたしの事は放ってなっちゃんを助けに行ったの。置いてかれる恐怖を初めて感じたわ。運転手の人は明らかに死んでるしとても怖かった」
過去を思い出しているのかユカの目に涙が浮かんでいる。でもわたしは今ひとつ理解できない。蓮は確かにユカを助けていたのにあれは夢だったの?
ううん。夢じゃない。だって蓮はわたしに謝ってた。それに救急車で朝比奈病院に運ばれたのは蓮とユカだった。
「嘘言わないで。わたしは蓮が必死で車のドアを開けようとしてるのを見たの。意識が少しだけ戻ってたのかはっきり覚えてるの。そのあと助けたユカを抱きかかえて救急車に乗ってたわ。わたしのことはユカの次に助けてくれると思ってたのに、蓮はそのまま救急車に乗っていなくなった。わたしのことなんて忘れてたのよ」
わたしが反論するとユカは首を振った。
「蓮は確かになっちゃんを助けに行ったのよ。そして戻ってきた時に私に言ったの。なっちゃんは大丈夫だった。どこも怪我は見当たらないし、意識も戻って目を開けてるって。もちろんこれは大きな間違いだったって後でわかるんだけどその時は蓮の言葉に安心したし、頭がガンガンしてきて何も考えられなくなっていたの。救急車に乗せられている時になっちゃんが担架で運ばれてるのが見えたわ。蓮に話そうとしたんだけど声がでなかった。話したら蓮がなっちゃんの方に行くって分かってたから怖かったの」
ユカの涙は綺麗だった。泣き顔も綺麗だなんてずるいなって思う。
ユカは謝ってるけど蓮は担架で運ばれてる話をユカから聞いていたとしてもわたしの所には来なかったと思う。話を聞いていればわたしも朝比奈病院に運ばれていたかもしれないとは思うけどユカの側から離れたとは思えない。
「もう泣かないで。ユカはその事をずっと後悔してたの? だから病院にお見舞いに来てくれなかったの? わたしは待ってたよ。ユカが来てくれるのをずっと待ってた」
「そのことだけじゃなくて、私が寝坊しなければ運転手さんも死ななかったのにとか考えて辛かった。なっちゃんの意識が戻らなくて怖かった。意識が戻ったって聞いて嬉しかったけど会いに行くのが怖くて、ずっと怖くて会いに行けなかった。今日会えて嬉しい。十年も何してたんだろうね」
素敵なカフェラウンジでわたしたちは号泣した。他のお客さんのことなど目に入らないくらいわたしたちは自分たちの世界にどっぷり浸かっていた。
泣き止んだ時は周りの視線が痛くて場所を移ることにした。
「どうせ蓮が車で待ってるんでしょう? 三人で昼食に行こうよ。話したいことがいっぱいあるの」
さすが長年の付き合いで蓮の性格は知り尽くしてるユカは蓮がおとなしく家にいるとは思っていなかったようだ。
ユカと話をしていると昔の自分に戻って言葉使いも学生の頃のようになっていた。三人で食事をするのは十年ぶりになる。昔みたいにやっぱり疎外感を感じるだろうか。それとも三人とも大人になったのだから昔とは全く違う食事会になるのだろうか。
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