第14話 蓮side


手術は成功したが菜摘の意識は戻らなかった。

運転手の死亡に菜摘の意識が戻らないことも重なって自分が寝坊したせいだと言ってユカは精神的に追い詰められていた。それでも俺たちにはセンター試験の追試があった。どうでも良いと切り捨てることは学生の俺たちにはできるわけもなく最悪の状態で試験を受けた。その最悪の状態で受けた試験の結果はいつもと変わりなく最高得点だった。

その後無事に二人とも志望の大学に合格が決まったがまだ菜摘の意識は戻らない。


「菜摘の意識はまだ戻らないけど、本当に手術は成功だったの?」


俺は菜摘の見舞いの後院長室を訪ねていた。先ほどまで見ていた菜摘の青白い顔が頭から離れない。このまま目を覚まさなかったらどうしよう。


「心配するな。時期が来たら意識は戻る。それよりもお前にはしてもらいたいことがある」


父は机の上にあった資料を俺に渡して来た。アメリカにある医療機関の資料だった。隣接するリハビリ施設の資料もある。


「菜摘さんの足だが、整形外科の先生とも相談したんだがアメリカで手術を受けた方が良いということになった。ここでは完全に治すことは無理だ。おそらく松葉杖を使う生活になる。それよりはこの医療機関のドクターに任せたい。治療費は私が立て替えておくがお前が出世したら払ってもらう」


俺は菜摘の意識が戻らないことばかりに頭がいってたけど、父親は意識が戻った後のことまで考えてくれていたようだ。


「菜摘さんの家族はついて行くのは無理だろうから……」


「俺がついて行くよ」


「お前は大学があるだろう。気持ちはわかるが認めるわけにはいかないよ。お前はまだ未成年だ」


父はたまに常識的な事を言う。いつも非常識なことばかりしてるのにこう言う時ばっかり父親になるのだから困る。


「この医療機関の近くの大学に入学するのなら文句はないだろ。どうせいずれはアメリカの大学に留学することになるんだから早くから留学しても問題ないはずだ」


朝比奈コーポレーションの御曹子である俺が留学経験がないのは困るはずだ。必ず留学することになる。それを今回は利用させてもらうことにした。


「仕方ないな。だが玲子さんの説得はお前がするんだぞ。あと菜摘さんに同行する看護師はこちらで考えている。お前が大学にいってる間、困ることもあるだろう」


菜摘がアメリカで治療費を受けるなら一人でいかせるわけにはいかない。母が反対しようが行くつもりだった。だが母は「ふー。それもいいんじゃない」と言っただけだった。

月が明けると俺とユカは渡米した。本当は一人で行く予定だったがユカがどうしても協力したいとついて来たのだ。女ならではの意見もあってかなり役に立った。医療機関やリハビリ施設との交渉や退院した時の住まいの準備。同行者の住むところも同じマンションにした。アメリカは日本とは違うから安全性を第一に考えて選んだ。とかっこいい事を言っているがその時の俺はただの生意気な学生で、ほとんどはアメリカ支社にいる朝比奈コーポレーションの社員が手配してくれたのだった。マンションもユカの意見が多くと取り入れられた。そう言う面はやっぱり男性より女性の意見の方が正しいのだろう。

そしてアメリカに滞在して二週間になる頃に日本にいる一也さんからメールが届いた。その文面を見た時、嬉しいけれど、どうして俺がいない時にという気持ちでいっぱいだった。


『菜摘ちゃんの意識が戻ったよ。頭は正常。記憶も正常。後は足の手術とリハビリだ。お前の方は大丈夫だろうな』


短いメールだったが言いたいことは分かった。早く帰って来たいだろうがやる事は済ませてから帰って来るようにという忠告付きのメールだった。意識の戻った菜摘に早く会いたかったけど、菜摘のこれからのことを考えて、それから三日ほどは忙しい毎日を過ごすことになった。

ああ、早く菜摘に会いたい。青白い顔の寝姿ではなく目を開けて俺を見ている菜摘に会いたい。



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