第15話 蓮side


「別に私たち付き合ってたわけじゃないんだから謝らなくていいよ。大学も別々になりそうだしもう会うこともないね」


アメリカから帰ってきてすぐに駆けつけた病院で俺は菜摘に別れを告げられた。付き合ってたわけじゃないってどう言う意味だ? 確かに誰にも内緒にしていた関係だけど俺は菜摘と付き合っていると思っていた。

菜摘と付き合う前にいたセフレとは菜摘と関係を持った時に別れたし、言葉にはしなかったけど俺たち付き合っていたよな。付き合っていると思っていないのにどうして菜摘は俺と関係を持っていたのだろうか。セフレのつもりだったのか? いや、そんなはずは無い。菜摘は初めてだったしそんな女じゃ無い。

その後は菜摘が足の話をして両親にお礼を言ってくれとか言ってるのが聞こえた。どうしてそんなどうでもいいことを今話してるのかわからなかった。アメリカに俺と行く話をするはずだったのにどうしてこんなことになったのだろう。


「俺とはもう会いたくないってことなのか?」


そんなはずないよなって意味で聞いたのに菜摘は頷いた。


「その方がいい良いってわかってるでしょ?」


分かるわけないだろ。なんでそんなこと言うんだよ。


「もう蓮とは会いたくないの」


菜摘からの完全な拒否に俺は何も言えなかった。わかったからだ。

菜摘はあの事故の時に菜摘を忘れてたことを許してくれないのだと。ユカと俺だけで救急車に乗って、勘違いしていたとはいえ菜摘を殺してしまうようなことをした俺のことを憎んでいる。こんな身体になったのも俺のせいだって誰かに聞いたのかもしれない。

もしかしたら二度と普通には歩けないかもしれないのだから嫌われても仕方ない。でも菜摘は許してくれると思っていた。甘いかもしれないけど、いつも菜摘は許してくれていたから今度もきっと苦笑いしながらも「もう仕方ないわねぇ」と言って俺の手を握ってくれると思っていた。



菜摘の病室からいつこのマンションに来たのか覚えていない。従兄弟の一也に声をかけられるまでソファに寝転んでいた。ここには菜摘との思い出がある。他の場所は思いつかなかった。


「何してるんだ? 菜摘ちゃんのところにずっと居座ってるかと思ってたよ」


「振られた」


「はぁ?」


「振られたんだよ」


「ああ、そうか。まあ、そうだよな。いつかそうなると思ってたよ」


「なんでそう思ったんだよ。やっぱり俺が菜摘のこと大丈夫だって勘違いしたせいで死にかけたからか? 怪我もひどくて二度と歩けないかもしれない状態になったからか?」


「それも少しはあるかもしれないけど、一番はお前が菜摘ちゃんよりユカちゃんを優先する所だよ。無意識に優先してしまうんだろうけど誰が見てもお前の彼女はユカちゃんだって思うよ。うちの看護師もお前の彼女はユカちゃんだって思ってるよ」


一也さんの言葉に俺は愕然とした。小さい頃からのくせで、ユカの方を優先する自分に気付いてはいた。でもそんな俺の態度を菜摘は気にしていないようだった。本当は気にしていたのか? 俺はそれに気づかなかっただけなのか?

俺の初恋はユカだった。あの頃のユカはお人形みたいに可愛くて幼稚園の同級生の男子はみんなユカが初恋だったと思う。ユカは菜摘が好きで二人はいつも一緒だった。だから仕方なく菜摘とも一緒に遊んでいた。

菜摘の家は俺たちの家と違って中流家庭だったから、家に帰るとユカの母親がユカを連れて俺の家に遊びに来ることがあったが菜摘が遊びに来ることはなかった。俺はユカを独り占めできるこの時が好きで、菜摘にもよく自慢していたと思う。

今思うと馬鹿馬鹿しいが俺のライバルは同級生の男子ではなく菜摘だったのだ。ユカは二言目には「なっちゃんが…」って言うのが口癖だったから菜摘には負けられないといつもより思っていた。

そんな三人の関係が壊れたのは俺と菜摘が付き合いだしてからだけど、その前に菜摘をライバルではなく女として見るようになったのは中学の時だった。菜摘がユカを虐めているという噂が広がったのだ。初めは俺も信じなかった。でもユカがはっきりと否定しなかったから菜摘のことを冷めた目で見るようになっていた。そんな女だったのかとガッカリしたせいもある。

噂のせいか反対に菜摘が嫌がらせにあっていることに気付いていたけれどその現場を見るまでは気にしていなかった。

真冬だと言うのにバケツの水をかけられて震えていたのだ。俺は偶然に庭を横断していて数人に囲まれている菜摘を見た。そのまま通り過ぎようとした時菜摘が震えているのが見えて声をかけていたのだ。


「何してるんだ?」


俺の声に驚いて蜘蛛の子を散らすかのように菜摘だけを残して誰もいなくなった。水をかけられたせいか冬だというのにブレザーを着ていない菜摘のブラウスが透けていて妙に女っぽくて目のやり場に困った俺は自分の上着をかけてやった。


「ありがとう」


菜摘は震えながらも呟いた。その後は会話もなく別れたが、濡れたせいで菜摘は風邪を引いたらしく三日休んだ。その間にユカによって虐めの事実がなかったことと菜摘をはめようとした犯人も捕まった。俺は菜摘を少しでも疑ったことを謝った。すると菜摘は「やっぱり疑われてたのね。蓮はユカが一番だから仕方ないわね」と言って許してくれた。そう、この出来事からなんとなく菜摘のことを女として意識し始めたのだった。




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