第40話
「子供できないかもしれないわ」
事故からしばらくして知らされた時はあまり実感がなかった。何しろまるで動けなかったので生きていたのが不思議なくらいで子供とか言われてもピンとこなかった。
「え?」
蓮もわたしの言葉が理解できないようだった。いきなり子供とか言われてもびっくりすると思う。でも蓮はプロポーズをしてくれたのだからこれは大事なことだ。
「だから事故の後、蓮の従兄弟の一也さんに言われたのよ。子供を作るのは難しいかもしれないって」
「だから何で? 一也さんは俺には何も言わなかったぞ」
「そうなんだ。てっきり聞いてると思ってた。きっとあなたが傷付くと思ったのかもしれないし、医者としての守秘義務を守って黙ってたのかも」
「手当が遅れたからなのか?」
「それはわからないって言ってた。初めからここで手術をしていても同じだったかもしれないって言われたわ。そして蓮のお父さんのおかげで子宮の全摘出は免れたと。子供が生まれる可能性が全くないわけじゃないの。でもその時に一也さんが子供を産むつもりなら若い時の方が可能性は高いって言ってたから、もうこの歳では、無理かなって思うの」
蓮は一人息子だし朝比奈グループの御曹子でもあるのだ。彼の息子は次の跡取りになる可能性が強い。それなのにこんなポンコツを嫁にもらうなんてあり得ない。たとえわたしがどれほど蓮の手を取りたくてもしてはならないことだと思う。
蓮はわたしが話している間、一言も言葉を挟まなかった。ずっと黙ってわたしが話し終わるのを待っていた。
「あのさ、俺は子供とか考えたことなかった。もちろん欲しくないとは言わないけど、普通の健康な夫婦だって生涯子供ができない場合だってあるんだからもし出来なくても気にしないよ」
「でも、蓮は一人っ子だし両親は孫が欲しいんじゃないの?」
「うーん、はっきり言ってそれはない。二人とも好きなように生きてるし、俺のことだってほとんど育ててないよ。子供の頃なんていつも留守だったし、遊んでもらった覚えもないよ。そんなことよりそれがプロポーズの答えなの? 」
結婚するにあたって一番大事なことだと思っていたけど蓮にとってはそんなことだったみたいだ。子供とか考えたことがないって男の人ってそう言うものなのかな。でもいつかは父親になりたいって思う時が来るかもしれない。
「結婚するってことは家族を持つってことじゃないの? 」
「子供のことは後から考えれば良いよ。どうしても欲しいのなら良い先生を探して不妊治療が大変ならできるだけ俺も協力するよ。でも不妊治療は辛いことが多いって聞くから自然に任せる方が一番だと思う。俺は菜摘といつも一緒にいたいと思っているから結婚を申し込んだのであって子供が欲しいからじゃないよ」
蓮は真剣な表情でわたしを見ている。わたしはまだ迷っていた。蓮のことは昔から好きで、今だってなんだかんだいって好きなんだと思う。蓮がユカのことを好きだって思っていた時も蓮のことを好きだった。多分わたしの方がたくさん蓮のことを愛している。
だから考えてしまう。本当にいいのかって。後悔しないのかって。蓮はただ手に入らなかったおもちゃを欲しがっているだけなのかもしれないのに。手に入れた途端に興味がなくなるかもしれないのにこの手を掴んでもいいのだろうか。
もしまた彼に傷つけられたら立ち直れないかも。でもここで彼を拒否しても後悔することになりそうだ。
「考えさせて」
頭がパニックなりそうだから考えさせて欲しいと蓮に頼んだ。でも蓮は首を振った。
「時間はたくさんあげたよ。もう待ちたくないんだ」
待ちたくないって、子供じゃないんだから我慢して欲しい。
「でも蓮だってもう少し考えた方がいいよ。子供のこと軽く考えてるようだけど…」
わたしは蓮を説得しようとしたけど途中で遮られた。
「菜摘は子供のことばっかりだ。俺は菜摘の気持ちが知りたい。俺とずっと一緒にいたいのかどうかだ。プロポーズの答えはそれだけでいいんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます