第53話II部 7


結婚するにあたって親との関係は良好な方が良い。特に相手の両親には気を使う。

俺は結婚の承諾をもらいに行った時の緊張を思い出す。菜摘は高校卒業と同時くらいから外国で暮らしていたから、親離れは子離れはできているから反対されることはないとわかっていたけど、それでも緊張した。


「蓮、なんか顔色が悪いけど大丈夫? 会うのはまた今度にした方が良くない?」


冗談じゃない。やっと菜摘の実家の前まで来ているのにまたこれを繰り返してたら心臓がもたない。


「だ、大丈夫だ。す、少し緊張しているだけだ」


「緊張? 蓮が緊張するなんて珍しい。テレビに出た時も緊張してなかったのになんでまたうちの親に会うだけなのに緊張するのよ」


「お前の親だから緊張してるんだ。反対されたらとかいろいろあるだろ」


「反対なんてしないわよ。行き遅れをもらってくれて感謝してくれるんじゃないかな」


二十代後半で行き遅れ? そんなことはない。それに最近の親は何かあると離婚して帰ってこいって言うらしいから要注意だ。この間、たまたま見たテレビでコメンテーターがそんなことを言っていた。テレビでの情報は半分くらいしか信用できないがそれでも菜摘の両親とは仲良くしたい。


「それで後ろの荷物は何? すっごくたくさんあるけどいつ用意したの? うちの親は賄賂は受け取らないよ」


「賄賂じゃない。お近付きのしるしだ。テレビでお笑い芸人の人が言ってたけど、親は娘の相手の経済状態が一番気になるらしい。経済状態が破綻していたら苦労するからな」


「呆れた。そんな芸人の言うこと真に受けるなんてどうしたのよ。それに蓮の経済状態なんてわざわざ示さなくても、みんな知っているから。むしろどのくらい多いのか想像つかないんじゃない。兄なんて蓮から貸してもらった車を見て固まってたからね」


菜摘が言う車とは俺が菜摘のために用意したの車のことだろう。菜摘は会社まで電車で通うつもりだったようだが、菜摘の足への負担を考慮して菜摘にプレゼントしたのだ。それにしても菜摘の兄がクルマ好きだとは知らなかった。『将をを射んと欲すれば先ず馬を射よ』ってことわざもあるからな。家をローンで買ったとか言ってたから車が買えないのかもしれないな。


「そうだったのか。もっと早く言ってくれれば今日一緒に持って来たのにな。う~ん。今からでも間に合うか? 電話して持って来させるのもいいかもしれないな」


「蓮は何を言ってるの? まさか他にもプレゼントを用意するつもりじゃないよね」


「お義兄さんへのプレゼントが思いつかなくて、無難に結婚式の時に着れるタキシードにしたんだ。でも車を欲しがってたんなら車の方が喜ばれるよな」


「ちょっと待った! 何言ってるの? 車なんていらないから。高級車なんてもらっても置くとこないから。それに結婚の承諾に来るのに手土産にタキシードって変でしょ。まさかと思うけどあの着物のような箱は留袖とかじゃないわよね」


「もちろんだよ。教会での式だから留袖はやめて普通の着物にしたんだ。でもドレスの方が良いかもってドレスも用意してたら沢山になったんだ」


「道理で車の後ろは箱だらけだわ。これだけの物をどうすればいいのよ。どこの世界に結婚の承諾に来るのに結婚式で着る衣装を手土産に持って来るの。呆れちゃうわ」


菜摘に言われて確かにまだ承諾してもらってないのに衣装を渡すのはおかしいことに気付く。緊張していたから、常識がどこかに飛んでいたらしい。とりあえず衣装は承諾してから渡すことにしよう。まずは承諾してもらわないと話にならない。だが……。後ろを振り返ると確かに沢山の箱があるけど、どれもこれも賄賂にはならない。


「なあ、菜摘。やっぱり車を持ってこさせた方が良くないか? 菓子折り一つ持って来てないよ」


「大丈夫よ。こんなこともあるかと思って菓子折りは用意してるから」



蓮は結婚式の承諾をもらいに行った時のことを思い出すと顔から火が出そうになる。結局、何も持っていくことが叶わず緊張の連続だった。菜摘の両親から賛成された時はホッとした。その時に見た「ほら、大丈夫だったでしょ」という菜摘の笑顔が忘れられない。

結婚式まであと十日。

あと少しであの笑顔はいつも俺のものだ。


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