第33話


ユカとのランチの後も怒りは継続していたけど家に帰ってくると不思議なくらい落ち着いて来た。要するに蓮に怒って謝ってもらうシミュレーションは初めのうちは成功していたけど時間が経つうちに、文句を言いにいく方が危険だとアラーム音が鳴って教えてくれたようだ。

ユカの話はしょせん過去のことと割り切ることにした。いつまでもユカに振り回されていては昔とまるで変わらない。ユカとは幼なじみとしてまた付き合っていくことになったけど昔のわたしとは違う。もう二人に振り回されるつもりはないのだ。

明日は船便で送った荷物が届くことになっている。ほとんどの物は処分したけど十年も住んでいたから捨てられないものも沢山あった。また引越しを考えているから荷物はそのまま部屋の隅にでも置いておく方が良さそうだ。




「うわー! 本当にすごい部屋ね。ゴージャスだわ。何と言っても天井の高さが羨ましい」


久しぶりに彩乃とランチをした帰りに、わたしの部屋を見て見たいと言われたので連れて来た。彩乃は蓮の車にも目を見張っていた。でも車で移動するのは賛成だと言った。

彩乃はわたしがまた傷つけられるのは嫌だから蓮とは距離をとってほしいと言っていたけど、蓮からの車とマンションは仕方がないと言い出した。


「よく考えたら菜摘の足は治ったとは言っても冬場や雨の日は疼くって言ってたでしょ? 電車での通勤って大変よ? 地下鉄なんてすごく歩かされるしエスカレーターがなくて階段しかない所もあるの。毎日の通勤だけで疲れると思うわ。それにマンションもここだと会社に近いけど予算内だとワンルームでも難しいわよ」


それはマンショを探しているわたしが一番よくわかっている。蓮がただの幼なじみだったら遠慮せずに受け取れたのに。ユカと蓮の関係が一番幼なじみとしては理想形なのかもしれない。男と女なのに恋愛感情はないと二人は言っている。そこの所はわたしにはイマイチ理解できないけどユカの婚約者である高木さんは受け入れている。

男女の間に友情は成り立つのかって、これは永遠のテーマなのかもしれない。

わたしも蓮のことを友人として見る事が出来れば良かったのだろうけど、蓮を友人として見るのは難しい。蓮がわたしを友人として扱ってくれるのならまだしも、そうでないのだから意識してしまうのは仕方がない事だよね。


「でもね、彩乃。わたしはこのまま蓮に甘えてたらきっと前と同じになってしまう。蓮からの誘惑を拒み続けるのって難しいわ」


「菜摘、それって今でも朝比奈さんのことを好きって事なの?」


彩乃からの鋭い質問には答える事が出来なかった。今の蓮を好きかどうかわからないからだ。


「わからないの。蓮は十年前とはまるで変わっているからよくわからない」


「そうよね。十年も音信普通だったのに今更って感じよね。でもさ、菜摘は結局アメリカでも恋人を作らなかったよね。それって外国人が嫌だったって言ってたけど、本当にそれだけかしら。わたしは無意識のうちに傷つきたくなくてブレーキを踏んだか、まだ朝比奈さんのことを思っているかのどちらかだと思っていたの」


彩乃の意見は正しい。わたしは心のどこかで蓮ではない男を拒んでいた。彼以外の男性と深い仲になりたくないと思っていた。それは蓮のことをずっと思い続けていたというより、また傷つくのが怖かったというのが一番の理由だ。

蓮のことを昔とは違う意味でカッコイイと思い、この間の夜も流されそうになったのに踏みとどまった理由もこれ以上傷つきたくないからだ。


「同じ人にまた傷つけられるのは嫌だわ」


「でも菜摘は朝比奈さんじゃないとダメなんでしょう? 今の朝比奈さんも昔の朝比奈さんも同じなの。そのことを一番知ってるのは菜摘だと思う。だから彼を振る事が出来ないんだわ」


わたしは彩乃が言うように蓮でないと駄目なのだろうか。自覚が足りないだけで本当は彼を選んでいるの?

わたしは彩乃に言われたことを考えていた。でも彩乃は言うだけ言ったら満足したようで帰って行った。

そして夜になってLINEが来た。


『婚活パーティーに参加して見ない?』


『婚活パーティーって何よ』


『結婚を前提としたお付き合いをしたい人たちが集まるパーティーよ。うちの旦那の妹がそのパーティーに誘われてるらしいんだけど女性が足りないから誰かいないかって話になったの』


『そういうのって若い女性が参加するんじゃないの?』


『そうでもないのよ。最近は結婚年齢も上がってるんだしアラサーとかアラフォーとかいうでしょ』


彩乃の話はよくわからないけど集団見合いみたいなものらしいという事はわかった。


『パス』


『蓮以外の男性を知るチャンスだと思うよ。今の職場だと他の男性に出会えないでしょ』


確かに小姑のような二人に見張られている。でも婚活パーティーとか合コンとか行く気にならないんだけど……はっ、これが駄目なんだわ。彩乃が言うように外に目を向けて見るのもいいのかも。


『わかった。行ってみるわ』


乗せられて承諾したけど翌朝にはもう後悔していた。婚活パーティーだなんてなんで承諾したんだろう。

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