第58話II部 12完
わたしにとっては嬉しいことだったので早速報告しようと思ったけど、蓮は真っ青になった。あの事故のせいで十年も別れていたのだから思い出したくもない様子だ。
でもこれは伝えなければならない。
「あのね、蓮がわたしを助けに来てくれ時のこと思い出したの。蓮の言葉も何もかも。どうして忘れていたのか不思議なくらい、鮮明に思い出したの。蓮にとっては当たり前の出来事で今更って感じなのかもしれないけど、わたしはこのことを思い出せて嬉しい。蓮がわたしを忘れていなかったことがとても嬉しの」
「そうか、思い出せたのか。それは俺にとっても嬉しいけど、それで俺のしたことが許されるわけじゃない。俺は菜摘の怪我が大したことないって判断して色々と間違えてしまった。そのせいで菜摘は死にかけたんだから、菜摘を助けに行ったことを菜摘が思い出せたとしても俺の罪が消えるわけじゃない」
「蓮は自分が神様だと思ってるの? 蓮はあの時できるだけの事をしたの。蓮は医者でも神様でもないのだからわたしの怪我を気付けなくても気にしなくていいの。わたしは死んでないし、こうやって生きている。それに今日も事故にあったけど頭を打っただけですんだ。これってすごく強運なんだと思うわ」
「強運?」
「そうよ。強運。だって生きて、こうして蓮と一緒にいれる。事故にあった時、ああ今度こそ死んでしまうって思った。結局結婚できなかったなって思ったの。でもそんな事なかった。わたしは生きて、明日には蓮と結婚する。蓮はわたしのこと同情で結婚するんじゃないって言ってくれたけど本当だよね?」
「同情で結婚したりはしない。俺は菜摘と人生を歩んで生きたい」
「わたしも蓮と一緒に人生を歩む。ずっと自信がなかった。結婚を承諾してからもユカのことが気になってたし、いつかは違う人と浮気とかするのかなって思ってた。浮気は我慢できるけど、ユカのことは一生気になる存在でどうしたらいいのかわからなかった」
蓮はわたしの告白に言葉も出ないようで瞬きもせずに聞いている。
「それでも蓮と別れていた十年は長くて寂しくて、一度会ってしまうと別れるのが嫌になった。だから嫌だ嫌だと言いながらも蓮から離れることができなかったの。結婚が決まってからもわたしの態度は中途半端だった。蓮はよくわたしと一緒になろうと思ったね。わたしの態度は結婚を前にした女性としては最低だったと思う」
ほとんどのことを蓮に任せてた。蓮は笑って自分がするから大丈夫だって言ってくれたけど、普通だったら破談になってもおかしくなかった。
「そんなこと気にしてないよ。菜摘との新婚旅行先をを決めるのも結婚衣装を決めるのも楽しかった。菜摘が結婚に乗り気じゃないって気付いてたのに、逃げられたくなかったから強引に決めたって自覚してたからなんでも代わりにするつもりだった」
蓮は優しすぎると思う。いつまでもユカのことや昔のことにこだわっていたわたしに手を差し伸べてくれた。十年は長かったなって思う。
わたしはユカと違って美人じゃない。蓮がわたしを好きになってくれたのだって幼なじみだったから。そして蓮と幼なじみになれたのはユカと友達だったから。ユカの横にいなければ目にもとまらなかったはずだ。
でも蓮はユカよりも好きだって言ってくれた。どうしてわたしなのかわからないけど、わだかまりがなくなったから信じてついていけそうだ。
「蓮のこと信じられなくてごめん。高校生の時だって蓮のことを信じていれば誤解で別れることにならなかったのに…」
「正直、一生信じてもらえないかと思ってた。それも自業自得だから仕方がないって思ってた。でも一生かけて信じてもらえるように誠意を見せるつもりだった。北海道で事故のことを聞いて、また助けられなかったってずっと思ってた。また逃げられるんじゃないかと怖かったよ」
蓮はベッドに腰をかけるとわたしの手を握りしめて呟く。前の事故の時は蓮はアメリカだった。初めて見舞いに来てくれた時に別れ話を切り出した。あの時のわたしは自分のことしか考えられなくて、蓮を傷つけていることに気付けなかった。
「馬鹿だね蓮は。今更、別れようなんて言わないわよ。蓮がわたしのことを嫌になっても別れてなんてあげないからね」
「どうかな。菜摘は意外と諦めが早いから心配だよ。これからは夫婦になるのだからなんでも話し合おうな」
「そうね。蓮の初恋の相手は誰だったのかとか初デートのこととか聞いてみたいわ」
わたしが意地悪そうな顔を作ると、蓮の顔色が悪くなった。
「え? それはもう関係ない話だろ。これからの話をしよう。話すことはたくさんあるだろ。新居のこととか、新婚旅行のこととか……」
必死になって追求から逃れようとしてるけど、蓮の初恋の相手も初デートのことも知っている。両方ともユカだ。
でも、もう気にしない。蓮が最終的に選んだのはわたしだってことが信じられるから。
幼なじみは御曹子 小鳥遊 郁 @kaoru313
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