2.二人の友人

「俺嬉しいんだよ。無駄に女子力の高いド草食だと思っていた伊織君が、やるときゃやるって知ってよ。あ、彼女が凛子姫だろ? はじめまして、芳田よしだです」

「よし……勝巳さんですか」

「はい。凛子姫の事はいます」


 勝巳さんは、伊織とは正反対の人だった。いかにも健康そうな体格に、明るく人懐っこい雰囲気。そして少し暑苦しい。年齢は三十歳前後らしい。


「じゃあ早速だけど、さっきの話」


 勝巳さんの表情が急に変わった。それを見て、紗良さんが席を外す。なんとなくそうした方がいい気がして、私もついていった。

 私達は伊織達から少し離れた所に立った。


「なんで席を外したんですか?」

「さっきライ……これで二人が文字で会話していたのを見たら、勝巳君、今、伊織君から例の赤ちゃん誘拐疑惑の話を聞こうとしているみたい。こんなところで話す程度のことだから、別に私がいてもいいんだろうけど、一応、気を遣っとこうかなって」


 紗良さんは、飲み物を手に勝巳さんを見つめていた。


「私と勝巳君って、高校の同級生だったんだけど、卒業して、何年も会わなくなって、久しぶりに会っても、ああ、変わってないなあって。表面的な所が色々変わっても、人って根っこのところはあんまり変わんないよね。あの感じ、高校の時と一緒だもん」


 高校、というのが何か分からないが、多分二人は昔からの知り合いなのだろう。私は頷いた。真剣な表情で話をしている伊織を見つめる。


「そうですね。人って根っこは変わらないなあって思います。でも私は、変わる変わらないよりも、その人がその人であれば、それでいいかなって。なんかよく分からない言い方になっちゃいましたけれど」

「ううん。分かるよ」


 紗良さんは暫く勝巳さんを見つめた後、ふっと顔を動かした。


「あ、もう大丈夫っぽい」


 そう呟き、ピンクの手帳みたいな板を開く。そしてわざとらしい大声で私に話し掛けてきた。


「ねー。まだ話終わんないのかなああの二人。そうだ凛子ちゃん、いいもの見せてあげようか。前に伊織君がこっちに来てた時、うちのショップで撮った写真があるの」


 紗良さんの話を聞いて、伊織が椅子を蹴飛ばしてこちらに向かって来た。


「これこれ。伊織君が合鍵代がわりにうちの服着た写し」

「わあぁぁぁ!」


 ざわついた店内が一瞬静まり返る程の叫び声を上げて、伊織が紗良さんの手帳をひったくった。


 今までに何があったとしても、私は伊織の全てを受け入れる。

 たとえ変わってしまっても、伊織が伊織ならそれでいい。

 それでいいんだけど。


 ほんの一瞬、見てしまった、自分なんかよりも遥かに可愛い、お人形のような姿の伊織を、どう受け入れればいいんだ。




 簡単な食事の後、紗良さんと別れ、私達は中野という所にある勝巳さんの家に向かった。

 勝巳さんの家は、駅から歩いて十分ほどの所にある集合住宅だ。以前伊織に聞いていた通り、広さは私の部屋の半分位で、異様な圧迫感がある。


 部屋の広さ以上に圧迫感の原因になっているものは、すぐに分かった。

 膨大な数の本。壁のほぼ一面を本が埋め尽くしている。重厚そうな本も結構あるが、多くは小さな本だ。それは床にも何冊か落ちていた。

 床に落ちている本を見て、私は思わず両手で目を覆ってしまった。

 その本の表面に描かれていたのは、幼い女性のようだった。だが胸は西瓜のように盛り上がり、艶やかな太腿が顕わになっている。しかも女性の頭には、獣の耳のようなものが生えているのだ。


「あの勝巳さん、その辺に落ちている本、片付けていいですか? その表紙に凛子が困っています。俺も最初見た時は度肝を抜かれました」

「えー。なんだよこの位。つまんねえ生活してるよなあ異世界人は」


 伊織に話を聞くと、それらの本は『ラノベ』という健全な本らしい。

 本を片付け終わった後、私達は床に直接座って、小さなテーブルを囲んだ。その上には大きく薄い本のような形をした機械が置かれている。


「そういえば前に来た時、自分でも小説を書き始めたって言っていましたが」

「おう、書いているよ今。ほら、これ」


 勝巳さんが板をいじる。


「去年の十一月から『カコヨモ』っていうサイトに投稿してんだよ。これが俺のページ。ペンネームは『マミ』で、子持ちの主婦設定」

「自分となんの接点もないじゃないですか」

「いいんだよwebなんだから。で、これが小説。勘当されたフリーターがチート能力で無双して、奴隷少女と恋に落ちるっていうやつ」

「ありがちですねえ」

「タイトルは『君に八百円の花束を』」

「花束、安すぎませんか」


 なんの話をしているのか全く分からないが、勝巳さんの話に間髪を容れず返す伊織の言葉は、結構直接的できついもののように聞こえる。農場ではよくこの態度で叱られていた。だから心配になってしまったが、勝巳さんは特に気にしていないようだった。

 二人とも姿勢を崩し、板を覗き込んで喋っている。伊織のこの表情、見た事がない。私といる時のものとは、少し違う。


 あ、そうか。

 もしかしたら私は、ずっとずっと勘違いをしていたのかもしれない。

 これが、伊織の『友達』に見せる表情なんだ。


「まあ、俺の小説はどうでもいいんだよ。これ見せるためにうちに呼んだんじゃねえし。連絡待ちのためだからな」


 勝巳さんは例の薄い板を机に置いた。伊織が頷く。


「行方不明の届けのあった赤ん坊だけじゃなく、女の子の赤ん坊を裏で引き取って謝礼を渡している奴もいるらしくてな。いずれにせよ、あの孤児院のおばさんと、異世界の扉はどうにかしなきゃなんねえ」


 勝巳さんは座り直し、腕を組んだ。


「伊織君が前に来た時からずっと、誘拐事件の方は起きてない。扉もなんの報告もない。さっきのも含め、全部伊織君の勘違いの見間違いで、何もなきゃいいんだけど」

「俺もそうだといいと思います。だけどさっき俺が見かけたのが院長先生だったとしたら」


 二人の会話が思わぬ方向へ向かう。戸惑う私に、伊織が説明してくれた。


 この世界に来てすぐの時、伊織は雑踏の中で院長先生らしき人を見かけた。だがすぐに見失い、確認が出来なかった。そこで勝巳さんに連絡したそうだ。


 勝巳さんは、この件に関して個人的に動いている。仕事としては扱いようがないそうだ。なんの証拠もない、異世界云々が絡んでいる、ビルの場所、等、様々な理由があるらしい。

 警察って、絶対的な権力でなんでも出来るわけではないようだ。世の中は面倒で難しい。


「そういやさ、伊織君の世界と俺らの世界って、時差があるんだろ。今、こっちだと十時前だけど、向こうはどうなんだ」

「ええと……こちらの言い方だと、向こうを出たのが午前一時くらいだから、午前七時、とか、そのくらい?」

「完徹じゃないか。凛子姫のお肌によくないだろ」


 どうも向こうの時間で一晩全く寝ていないことになっているらしい。私の肌は別にいい。それより。


「私は大丈夫です。でも伊織、お屋敷に来てからずっと体調良くないんです。ついこの間も倒れて」

「まじか。また体調逆戻りか。とりあえず休まないとな。あとメシ。紗良が言っていたろ、お前は多分、メシが原因のなんちゃらかんちゃらっていう貧血だって」


 紗良さんが言ったことをもっと詳しく聞きたかったが、今の様子では、おそらく勝巳さんは詳しく知らないのだろう。明日にでも紗良さんに聞かなければ。

 そういえば休む、って、どこで休めばいいんだろう。

 どこで? どうやって?

 誰と?

 

 その時、テーブルの上にあった板が、低い唸り声をあげて震えた。

 伊織と勝巳さんが顔を見合わせる。


 ★★


※このエピソードの後に、本来『3 三人の作戦』というエピソードがあるのですが、何故かこれだけPVが増える、という現象が起きています。


特に特徴的なエピソードというわけではありませんので、なんらかのワードが検索に引っかかりやすくなっているのかなあ、と思っています。


ただ、原因がわからないので、下書き状態に下げています。

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