第21話「些細なキッカケの果てに」

 Side 木里 翔太郎


 今回の事件のキッカケは些細な事だった。


 ただ公衆の面前で豊穣院さんが早瀬の誘いを断っただけ。


 それだけでトントン拍子で事態は悪くなっていき、遂にはこんな大事件にまで発展していった。


 屋上には新島 ハルヤと人質に取られて刃物を突き付けられた牛島 ミク、藤沢 クルミ。


 そして何故か早瀬 ミナトまでいる。


 背後には教師まで駆け付けて来た。

 教師達は取り合えずテキトーに行って引き連れて来ただけなのだが、ここに来てようやく事態を把握出来たらしい。


「テメェ! どうして教師まで来てやがるんだ!?」


「一人で来いとは言ってなかっただろう? それよりもどうしてこんな自爆みたいな真似を?」


「ウルセェ! もう俺の人生は終わりだ! こうなったらどいつもこいつも道連れにしてやる! そうしなきゃ気が済まないんだよ!」


 もうマトモに会話すら成り立たず、牛島さんを片手で掴んで刃物を振り回している。


「藤沢 クルミ――あんまり喋る機会は無かったわね」


 その合間に手毬が藤沢 クルミに喋り駆けた。


「ええ。この馬鹿の言う通り私もお終いね――」


「そこまでして早瀬 ミナトが欲しかったの?」


「うん。私にとって早瀬君は大切な人。だからどうしても振り向いて欲しかった。だけどどんなに頑張っても振り向いてはくれなかった。だからこの馬鹿と一緒に協力して色々やったの。そうすれば振り向いてくれると思った」


 けどねと藤沢 クルミは続けた。


「どんだけ頑張っても、悪行重ねても、気付いて貰えないなら意味がない。だから豊穣院さんを態々学校で手に掛けたの」


「ヤンデレここに極まれりね」


 手毬の言う通り、ヤンデレが極まっている。

 そして彼女は刃物を取り出した。

 包丁だ。


「早瀬君。ここに来たと言う事は責任感は感じてるみたいね」


「ああ・・・・・・もうこんな馬鹿な真似は辞めるんだ」


「どうして?」


「え?」


「どうしてその優しい言葉を掛けてくれなかったの? 今の今迄!? どうして!? そうすれば私もこんな真似しなくても済んだのに!」


 そう言って包丁を構える。


「だから死になさい! 早瀬 ミナト! アンタを殺して私も死ぬの!」


「甘ったれんじゃないわよ!」


 そこで手毬が一喝する。

 

「黙って聞いてりゃ、何よ! 振り向いてくれない!? だから豊穣院さんに手を出した!? 私から言わせて貰えば甘ったれたガキの戯れ言よ!」


「な、何ですって・・・・・・」


「それで何もかも許されると思ってるんでしょ!? もしかして少年法が守ってくれるとか、精神障害で刑が軽くなるとか思ってない!? 大体こんな奴を好きになるアンタ(藤沢 クルミ)も、なあなあでこんな奴と付き合ってたアンタ(早瀬 ミナト)もどっちもどっちよ! 正直死のうが死ままいが私は知らないわ! 私に迷惑かけない範囲で永遠に二人で昼ドラ展開やってなさい!」


 あんまりな物言いにこの場に居合わせた全員、駆け付けて来た教師達も含めてシーンとなった。

 俺は何故だか笑いがこみ上げてきた。


「さて、問題はこっちね」


「ああ、さっさと人質解放して警察に自首しろ。そうすりゃ何もしないでおいてやる」


 藤沢 クルミと早瀬 ミナトを無視して俺と手毬は新島 ハルヤに向き直った。

 正直早瀬が死のうが、藤沢が自害しようがどうでもいい。

 後味が悪くなるが、ぶっちゃけそれだけだ。十年後ぐらいに酒の笑い話の種とかにはなるだろう。 


「念押ししておくけど、国家権力舐めない方が良いわ。麻酔銃の狙撃で取り押さえられられて豚箱にぶち込まれるのがオチよ」


「て、テメェ。人をおちょくんのもいい加減にしやがれ!」


 そう言ってプルプルと刃物を持った手を振るわせる。

 そして唐突に牛島さんを放り捨てた。


「もう誰を道連れにするのも同じだ! お前らを道連れにしてやる!」


 そう言って俺の方に向かって駆けだして来た。

 俺も手毬も身構える。


「なっ!?」


 だが俺と新島に割って入る様にして早瀬が刺された。

 そして刺されて倒れ込む早瀬。

 

 思わぬ展開に場は騒然となった。

 刺した新島でさえ何が起きたか分かってないようだった。


「おい、何で庇った!?」


「俺は――ずっと――誰かに言われるままに、周囲の理想に応えるように生きて来た。だけど今度は自分の意志で――」


「・・・・・・」


 まるで遺言のように早瀬は俺に気持ちを告げた。


「分かった。もう良い。それ以上は傷に障る」


 そして俺は立ち上がった。

 眼前には殴る価値もない奴が呆けて立っている。


「ひ、ひぃいいい!?」


「何処に逃げるつもりだ? お前には逃げ場は無いんだ・・・・・・何処にもな」


「くるな! くるなくるなくるな!」


 そして手に持った血濡れの刃物を持って、また牛島さん近寄ろうとする。

 俺は駆けだして顔面を殴り飛ばした。

 一回転してうつ伏せに倒れ込み、ピクピクと痙攣して白目を向いている。


「牛島さん――」


 牛島さんが抱き付いてきた。

 豊満な体が俺の体を包み込む。


「恐かった、恐かったよ・・・・・・」


「悪い。全部俺のせいなんだ・・・・・・」

 

「ううん。木里君は悪くない。木里君は――私の理想の主人公なんだから」


 独特な言い回しで泣き喚いた。

 ふと手毬の方を見る。ハァとため息をついていた。

 どうやら今回ばかりは見逃してくれるらしい。


 そして藤沢 くるみは――


「嘘――嘘でしょ――どうして、どうしてなの――」


 刃物片手にブツブツと何かを呟いていた。


 教師達は怪我の手当や新島の確保に大忙しだ。

 

「どうしてアンタが・・・・・・アンタが・・・・・・!!」


 俺は本能的に不味いと思った。

 牛島さんを突き飛ばして構える。

 藤沢 クルミは唐突に刃物を此方に向けて――手毬に殴り倒された。

 

「アンタ今何しようとしたの?」


「あ、ああ・・・・・・」


「何しようとしたのかって聞いてるのよ!!」


 手毬が殴る殴る殴る殴る。

 物凄い勢いで藤沢の顔面が変形していく。

 俺は少しの間ばかり呆けて――そして教師達と一緒に全力で手毬を止めた。


 命を救ってくれた事には感謝している。

 だけどこのままだと手毬が人を撲殺してしまうのは避けなければならないからだ。

 

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