第41話「格闘技部」

 Side 木里 翔太郎

 

 何時の頃からこの世界では格闘技ブームが再燃しつつある。


 その新たな熱は十代の男子、女子が格闘技の世界に踏み込む土壌をも作り出した。


 まあ俺と手毬には関係のない話だ。


 俺たちはカタギだ。

 もう暴力沙汰はゴメンだ。

 

 正直未だにまだ少年院送りになってないのか二人して疑問に思っている程だ。


 また進んでそう言う世界に行くのは抵抗感がある。


 当面の人生目標は真面目に勉強して良い大学にいく。

 

 ガチで戦いに明け暮れる人生は御免こうむりたかった。


「すいません、二人の力を貸して欲しいんです!!」


「「はい!?」」


 可愛らしい顔をした茶髪のポニーテールの少女に頭を下げられた。

 体はホッソリとしているがセーラー服越しでも分かるぐらい程よく筋肉が付いている。

 何かしらのスポーツをやっているのは明白だった。


 名前は藤代 アンナ。

 一年で格闘技部に所属していて、メッセンジャー頼まれたようなのだ。


 手毬は「どう思う?」と聞いてきたが「どうもしなくてもイヤな予感しかしねぇよ」としか言いようがなかった。


 俺と手毬の中学時代、定期的に文字通りの何でもアリの戦いをして来た仲だ。

 

 遂最近もそんな事件を経験したばかりだ。


 正直イヤな予感しかしない。


 しかも部活絡みだと聞いたら尚更だ。


 元居た中学は毎年それなりの死人が出るので運動系の部活は全面他校との練習試合すら禁止になる程に荒れ果てていた。

 財力に余裕があったり学力がある生徒は皆、他校へと移った生徒は少なくなかったが悪評が転校先でも付いて回り、荒れていく生徒も出る始末だった。

 

 誰がいったか、あの中学の少年犯罪にはウチの中学は何かしらの形で必ず関わっていると言われ、警察も網を張っていたが死人を出す始末である。


 廃校にならなかった理由について、手毬が言うには「刑務所から犯罪者を解き放つようなもの」らしい。成る程、納得だ。

 

 話を戻して中学時代の経験から部活絡みになると大抵何かしらの厄介事に巻き込まれる。


 まだ他校との練習試合が禁止になる前は「タバコを吸った後輩をしばき上げて~」とか「気に入らない先輩を闇討ちして~」とか「口だけは達者な顧問を袋叩きにして~」とか言う事件があった。


 俺と手毬が三年になる頃には運動系部活動の部室はそれぞれの学園内グループの不良の溜まり場になっていて、勝手に部活内外でルール無用の殺し合いを始めたりと手に負えない状態だった。それで他校にも平然と絡むから性質が悪い。


 教師側も何度か改革を頑張ったがそう言う教師は酷い目に合う。

 車をスクラップにされたり、爆破されたりなのはまだマシな方で教師が暴行を受けたり、最悪死体になって発見されたりなんて言う事件もあった程だ。(こう言う背景があるので教師の顔と名前は中々覚えられず、死因とか言われて思い出したりする)



 まあともかくそう言った事情もあるので「高校生活では運動部には入らない」と俺と手毬は誓っていた。 


 そんな手毬がちょっと毒強めで「なんで顔を出さなきゃいけないの?」と尋ねた。


 少女は「えっとソレは・・・・・・」と言い淀んだところを畳掛けるように「悪いけど、それが分からないんじゃこっちも顔を出すつもりはないわ。部室に顔出したら集団で袋叩きにされたくないし」と言った。


「そんな事しませんよ!? 勧誘に来たんです!!」


「「勧誘?」」


 それが俺と手毬の新たな物語の始まりだった。


☆ 

 

 どうやらこの高校、格闘技部があるらしい。

 一応男女両方あるらしいが最も盛んなのは女子の方だ。

 

 それを聞いて手毬は「やっぱり男子って正直よね」などとぼやいていた。

 

 俺は「格好いい女子に憧れる女子も多いんじゃないのか?」と言っておいた。


 勧誘に来たポニーテールの少女、藤代 チハルさんは「はい、そうなんです」と熱く女子格闘技に熱く語り始めた。


「女子ボクシングや女子プロレスも凄いんですけど総合格闘技の方も凄く勢いがあるんですよ。私達は十八歳までのプロリーグに出させて貰ってる感じです」


 そうして格闘技部の部屋が開かれた。

 広いマット部屋にサンドバッグやらバーベルなどのトレーニング器具やらが並べられている。

 問題はサンドバッグでトレーニングしている女子だった。

 そこには意外な顔があった。


「久し振りね、木里君に手毬ちゃん」


 高い背丈の身長の女子。

 ややオカッパ気味なヘアースタイルにハチマキ。

 体操服姿でも分かる引き締まった体にナイスバディな体付き。


「「夏目先輩!?」」


 忘れられる筈が無い。


☆ 


 夏目 逸子先輩。


 手毬と木里は――その人には逆らえなかった。

 暴力とか実力的な意味ではない。

 中学時代の恩師の一人だからだ。


 夏目先輩も腕っ節が強かった。

 だけど無闇やたらに暴力は振るわない優しい人だった。

 ケンカ騒動の時は何度か共闘した事もある。

 しかしケンカに明け暮れるあの中学を憂い、将来の事を考えてどうにかしようとしていた優しい先輩だった。

 

 何よりも未だに名を響かせる女帝のストッパーとしての役割を持っていた。


「どうして今の今迄声を掛けてくれなかったんですか?」


 場所を部室から移し、外の人が寄り付かない物陰に隠れるようにして手毬と俺は夏目先輩に疑問を投げ掛ける。


「私達がどう言う立場が分かってるでしょ? 今の時代、昔の悪評は死ぬまで付いて回ると言って良いわ。特にあの中学の生徒となるとね――そのせいで高校生になってから人生設計が狂っていった生徒を私は何人も見てきたわ――もし出会ったらそうなるんじゃないかと思って」


「私達に気を遣ってくれたんですね」


 と手毬が補足する。夏目先輩は「それもあるわね」と言った。

 同時に外ではそんな事になっていたのかと俺は心を痛めた。


 これでも中学時代に復讐を食い止める為に爆弾テロを阻止した身だ。

 卒業生がそんな風になっていたとは――少し考えれば分かる事だが俺は目を背けていた。


「女帝はどうしてるんですか?」

 

 俺はおそるおそる尋ねた。

 格闘技の世界に身を投じているとは聞いていたが――


「女帝――ああ、沙織ちゃんのことね」


 女帝――聖城 沙織。

 後にも先にも現れないであろう最強の女帝の名前。

 その名前を聞いて俺と手毬は何故か身震いのような物を感じた。

 

「と言うかとても話題になったけど知らないようね」


 夏目先輩にそう言われて「まあ、あの中学にいたらな・・・・・・」と反射的に呟く。

 手毬も「同じく――」とぼやいた。

 それを理解してくれたのか夏目先輩は「それもそうね」と苦笑して返した。


「あの子、最速でチャンピオンになって今外国にいるわよ。ようやくマトモに戦える相手と巡り会えたって喜んだみたい」


 との事だ。

 どうやら外国でよろしくやってるらしい。


「逆にそうまでしないと戦う相手がいなかったあの人・・・・・・」


「やっぱりぶっ飛んでるわね・・・・・・私達とはスケールが違うわ」


 俺と手毬は考えている事は同じだろう。

 ちょっと前にリュージと女帝の話をしたがまさかそんな事になっていたとは―― 


「本当に何も知らないのね――」


 と、悲しげに夏目は尋ねた。


「・・・・・・正直言うと、あんまり関わりたくなかったしそう言う方面の話とかは避けてたからな」


「私も木里とおんなじ・・・・・・昔の事を思い出そうとすると時折過去の傷を抉られるみたいになるのよ。だから先輩とか同級生とかどうなったとかはあまり考えないようにしていたの」


 俺も手毬と同じだ。


「で? 頼みってなんだ? 俺達今ラノベ書いてるんだけど?」


「私も――木里の中二病小説みたい?」


「え? 貴方達ラノベ書いてるの?」


 俺と手毬は夏目先輩にラノベ盗作騒動から始まったレッドスターとの抗争の事を話した。


 それを聞いて夏目先輩は「今でも苦労してるのね・・・・・・」と同情された。

 どうやら学園内では二つの事件に関しては戒厳令が敷かれていたようだ。


「本当は貴方達を格闘技部に誘おうとしたけど止めとくわ」


 と、何処か寂しげな表情で笑みを作った。


「すいません夏目先輩・・・・・・俺達みたいな問題児が入ると迷惑掛かると思うんで」


 俺は頭を下げた。


「私もです夏目先輩。正直私達、普通なら退学になっていてもおかしくない立場ですから・・・・・・」


 極めて珍しいことに、とても申し訳無さそうな顔で手毬も頭を下げた。

 本当にこれは珍しい事だが相手はあの夏目先輩。

 不義理を働いてしまっている以上この手毬の態度は当然だろう。自分も同じ気持ちだ。


 そうして俺達は立ち去ろうとした。


「あ、ここにいたんですね夏目先輩」


 女子達が顔を出してきた。

 恐らく格闘技部員だ。

 後ろにも何人か格闘技部の部員がいる。


「誰ですかこの人達?」

 

 ぶっきら棒に尋ねて来た。


「私の大切な中学時代の後輩よ。何でもないわ」


 と、夏目先輩が説明してくれた。


「凄いチビなのね。小学生じゃない?」


「もしかしてこの二人を勧誘しようと思ったんですか?」


「男はいいけど、こんなチビッ子勧誘してどうするんですか? 問題児ですよ?」


 俺と手毬は黙って立ち去った。

 彼達は確かに生意気な態度を取っているが夏目先輩に迷惑を掛けたくない。

 それに問題児云々は事実だからだ。

 下手に騒ぎ立てる必要もない。


「ちょっと、その態度は何なの!! 幾ら何でも無礼よ!!」


 と、形相を変えて夏目先輩が一喝した。

 部員達は「ヒッ」と声を漏らして「は、はい」、「すみませんでした」と平謝りする。

 この迫力、流石に女帝を傍で支えていただけの事はある。


「私から一言あるわ。私達をバカにするのはいいけど、あんまり夏目先輩に迷惑掛けるような真似するんじゃないわよ・・・・・・」


 続くように手毬が脅しをかける。


「アンタこっちが手を出せないと思って調子に乗って――」


 負けじと女子部員が何かを言い掛けるが――


「だったら尚更礼儀正しくしなさい。暴力には暴力で返って来て、礼節には礼節で返さなければならないのが人間社会なんだから」


 ギロリと目を向ける手毬 サエ。

 ヒッとサエの迫力に負ける女子部員。

 定期的に事件が起きていたせいか中学時代のあの頃のサエは未だ健在のようだ。



 放課後。

 

 図書室で今回の顛末を牛島さんたちと一緒に話をしていた。

 豊穣院さんや和泉先生もいる。


「てか意外と世間知らずだったんだねサエちゃん・・・・・・ウチの格闘技部結構有名なんだよ・・・・・・まあ、あんな事件が起きたせいで出場取りやめの声も出たらしいけど」


 第一声でそれだった。


「あんな事件って・・・・・・不良グループが学校襲撃してきたり、出版社での乱闘騒ぎとかだよな」


 俺は忌々しい記憶を思い出す。

 本当にイヤな事件だった。


「う、うん・・・・・・そうなの・・・・・・」


 前者の事件では牛島さんは人質にされて事件の展開次第では危うく命を落とし掛けたのだ。

 こう言う形で夏目先輩に迷惑を掛けていたとは・・・・・・正直俺達にも責任はあるだろう。

 

 手毬もショックなのかずっと黙っている。


「だけど手毬さん達は何も悪くないのではありませんか?」


 と豊穣院さんが擁護してくれるが、そういかないのが日本社会だ。

 特に日本の場合は被害者も加害者と同列に扱われる場合が多い。

 

 身近の例で例えるなら学校のイジメとかでそのイジメが発生したクラスの担任とかもそうだ。アレもよく考えれば教師が悪くない。被害者の場合が殆どだが監督責任と言う問題が付き纏う。


 俺と手毬の経験則ではぶっちゃけ教師がイジメが発生してそれを止めさせるのは辞職する覚悟で挑まない限り不可能に近い。

 

 特に今の時代はいい大学出ただけの社会経験がロクにない公務員、官僚化している教師如きでは荷が重い。大人は想像以上にバカばっかなのである。


「格闘技の世界か・・・・・・」


「うん? なんだ手毬? 興味あるのか?」


 ふと手毬がそんな事を呟いた。


「いえ・・・・・・私達、本当にこのままでいいのかしらとか思っちゃってね・・・・・・」


 「ああ、そうだな」と俺も同意した。


「女帝も、夏目先輩も名誉挽回のために頑張っているんだよな。それに引き替え俺達は暴力沙汰ばっかり起こして・・・・・・もう二度とこんな事はしないと誓ったのに・・・・・・何やってるんだろうな俺達は・・・・・・」


 そこで意外にも擁護してくれたのは牛島さん達だ。


「確かに二人はその・・・・・・世間的には褒められた事をしたワケじゃないけど、けど、二人とも私のために必死になって戦ってくれたじゃないですか」


 牛島さんに続くように豊穣院さんも続いた。


「牛島さんの言う通りです。私の事も助けてくれたではありませんか。手段はどうあれ、そう卑下する事は無いでしょう」 


 そして――和泉 ツカサ先生も――


「二人の言う通りだ。僕の時だってそうじゃないか。そう言う行き方を中学の時からずっと続けて来たんだろう? 君達は決して孤独じゃない。僕達一人一人は確かに非力だけど・・・・・・だけど何か出来る事はある。だからもしもの時は力になるよ」


「先生・・・・・・」


 俺は――その言葉だけでも十分だった。

 俺と手毬はずっと、暴力は何処まで行っても暴力だと断じながら、それでしか解決出来ないからその手段を選ばなければならない矛盾に苦しんできた。


 だからこそ救われた。

 

 中学時代の時もこんな事あったな。


「て、ちょっと手毬!?」


「うぐ・・・・・・ひぐ・・・・・・」


 手毬が蹲って顔を覆い隠して泣いていた。

 状況から察するに嬉し泣きだろう。

 何この可愛い小動物――じゃなくて――

 

 牛島さんが「ちょっとサエちゃん大丈夫!?」と心配し、豊穣院さんが「そ、その何か気に障る事でも・・・・・・サエさんごめんなさい・・・・・・」と平謝りし、和泉先生が「あ、う、うん・・・・・・手毬さんには何時も驚かされるよ」とどう言う態度を取ればいいのか頭を抱えていた。


 俺もすっかり忘れていた。


 こいつ普段クールで冷めた態度取ってるけど、こう言う直球的な友情ドラマに弱いんだったんだ。


 ダテに現役のピュアリア(この世界におけるプ●キュア)のファンをやっちゃいない。


 今は関係ないか。


 泣き止んだ後、手毬はずっと平静装って顔を赤くして可愛く小声で「その、今回の事は秘密にしてね?」「約束だよ?」と何度も念押ししてきた。


 もはや別人であったと言う。


 

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