第2話「手毬 サエの小学生時代」

 Side 木里 翔太郎


 アレは小学生の高学年の頃か。


 手毬 サエは昔からキツイ性格をしていた。

 

 男女とかゴリラ女とか仇名で呼ばれていて、その名で呼んだ哀れな奴を片っ端からその豪腕で半殺しにしていった。

 

 その中でも一際やばいケースがあった。


「手毬が暴れてるぞ!」


「先生呼べ! 早く!」


 教室でマウントポジション(馬乗り)になって剛拳を容赦無く顔面に振るう手毬 サエ。


 その前に鳩尾にキツイ一撃を打ち込んでバトル漫画に出て来そうな擬音を出して、体格は二回り上の男子小学生の体はくの字に折れていた。眼球が飛び打算勢いで見開き、口から唾液を撒き散らしていた。


 今もグシャ、グシャ、グシャ、と言うゾンビが生者を食らう様な嫌な音が教室に響き渡り、手毬 サエの顔面に血飛沫が待っている。


「もう止せ! 幾ら何でもやり過ぎだ!」


 ボロボロになって全身痛む中、俺はその手を掴んだ。

 嘘の様に手毬 サエは止まった。

 そして彼女は顔を見せずこう言った。 


「口で言っても分からない馬鹿は殴って黙らせるしかないでしょ」


 俺は思わず手毬をおもいっきりぶん殴った。


 そもそもどうしてこうなったか?

 キッカケは単純だ。

 

 いわゆる手毬 サエの事が気にくわないクラスメイトが冷やかしに馬鹿にしていたのだ。


「やーいゴリラ女」


「木里と付き合ってるんだろ?」


「結婚しろ」


「キス、キス、キス!」


 当時の手毬 サエは檻に入れられていない腹を空かして獲物を求めて彷徨う虎の様な女の子だ。

 そしてとにかくクールな女の子で今にして思えば「転生者か何かか?」と思うぐらいに大人びた一面がある少女だった。


「はぁ? 男女と少し仲良くしただけでどうして付き合う事になるの? それで結婚成立するんなら世界中子供だらけよ」

 

 と、クールに切り返していた。

 だが正論が通じないのが小学生の悪ガキの習性みたいな物で、怒鳴り散らしてケンカを売ろうとして、更に手毬がクールに返して相手の怒りのボルテージを上げて、遂に相手側が切れる・・・・・・このパターンでケンカが続発し、俺は相手が半殺しになる前に止めるストッパーの様な役割をするようになっていた。


 そして教師の注意もヒートアップした。

 親からもこってり絞られたらしい。


 そして手毬 サエも思う所があったのか堪えるようにした。

 

 相手はいわゆるガキ大将・・・・・・と言えば聞こえがいいが当時の俺達の同じ学年の不良連中の元締めだ。人間の性格とか人格とか言う奴は大体この頃ぐらいにある程度決まってしまう物だと中学時代に理解した。

 

 ともかくそのガキ大将は最悪な時期によく絡んで来た。

 しかし手毬 サエは大人の対応をしてスルーした。

 そしてガキ大将は益々増長した。手毬を煽るために俺を材料に使われた事さえもある。


 そして、この凄惨な事件が起きてしまった。


 手毬を散々馬鹿にされて、俺の方が耐えきれなくなったのだ。


 ただ注意した「もう手毬を馬鹿にするのは止めろ!」と。


 そしてガキ大将に唐突に顔面を殴られてボコボコにされ始めた。

 突然だった。

 まさか少し反論しただけで殴るなんて幾ら何でも沸点が低すぎる。

 どう言う教育をされていたのだろう。

 

 クラスメイト達は報復を恐れ、怯えて遠巻きに見ている。

 先生を呼びに行く気配すらなかった。

 ガキ大将がどれだけ恐れられていたか分かる場面だ。


 その途中に手毬 サエが駆け付けて。


 そして冒頭のシーンへと至る。


 俺は手毬 サエに殺されるとかそんな恐怖の感情はなかった。

 手毬 サエの言い分も高校生になった今ではある程度理があると思えた。

 だけどあの時はただただ悲しかった。


 あの後、手毬 サエは泣いて謝った。


 俺に。


「ごめんない」と。

 

 あの後大騒ぎになった。

 警察やら病院やら。

 ちょっとしたニュースにもなった。


 勿論、手毬 サエは厳重に処罰された。その事について彼女は「法治国家で生きて行く以上は当然の報い」と受け止めたらしい。

 

 それ以上にガキ大将は厳重に処罰され、転校と言う名の追放処分にされた。その後は知らない。

 

 大分後に知った事だが手毬 サエはICレコーダーでガキ大将の弱味を着々と握っていたらしく、それで得たネタを提供したらしい。

 本当に小学生のやる事なのか。マジで転生者じゃないのかと思えてしまう。


 それと本人の口から聞いたのだが逆に教師達や大人達を「怠慢」と言う言葉で脅迫したらしいが・・・・・・まあこれもありえそうな話だ。

 

 ともかく手毬 サエと言う女の子は小学校の時代から異常な女の子だったのだ。


 あの出来事から随分経った後の帰り道。

 

 周囲が住宅街の中で俺はある事を尋ねた。


「なあ? この前殴った時、どうして殴り返せなかったんだ?」


「・・・・・・殴り返せるわけないじゃない」


「え? どゆこと?」


「・・・・・・さあ? 年食えば分かるようになるんじゃない? 覚えてればの話だけど」


 そう言って彼女は顔を見せずに走り去った。

 ホンノリと赤かった気がする。


 高校生になった今、もしかすると・・・・・・なんて思ってしまう。


 だがあえてその結論は出さないで置いた。


 もしその答えを出したら、もう後戻りは出来なくなるのだろうから。


 

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