第17話「抗争勃発」

 Side 木里 翔太郎


 体育会系の部活は朝練をやる。

 朝の七時よりも前に登校して練習するのだ。

 俺と手毬はそれに紛れ込んで一足早く学校に辿り着いていた。

 まだ日も昇りきっておらず、遠くから運動部の掛け声などが聞こえる。


「中学もそうだったけど最近は上履き隠しとかは出来ないだろう?」


「だけどゴツいニッパーみたいな奴を使えば出来ない事はないわ」


 最近の昇降口にあるロッカー、上履き入れには鍵を掛けておくのが主流だ。

 定番である上履き隠しはまず出来ない。


「だけど液体とかは流し込めるわ。コンビニで売ってる、ストローを刺したコーヒーとかね」


「だよな。とにかくどうする?」


「ダメージを覚悟で監視カメラを設置しておくわね。秋葉原で購入した奴」

 

 そう言って手毬は監視カメラらしい小さな物体を取り出した。

 一見すると監視カメラとは認識出来ない。

 

「秋葉原でこう言うの売ってるのか? しかもこれ犯罪とかで使う奴じゃねえのか?」


「そう言う側面もあるのよ、秋葉原には。その気になればドローンとかも作れるわよ私」


「多芸なんだなお前」


「貴方と違ってね」


 嫌な女子高生もいたもんだと思った。

 

「次は私達の机よ。まあここは張り込みするだけでいいわ」


「朝早くに他の教室からわざわざ自分達の教室に来たら何かやるつもりだったと判断するんだろ」


「ええ。証拠も何もいらないわ。疑われた時点で悪なのよ。私達が今やっている戦いは」 


 手毬の言う通り、疑わしきは罰せよなのだからこの戦いは救いようが無い。

 そもそも朝早くに教室にやって来て机を探して何かをしたらその時点でもう現行犯だ。中学時代ならそれだけでケンカの理由になった。

 

「アンタも昔みたいに自転車でひき逃げとかは止めときなさいよ。今は賠償金とかヤバイんだから」


「車輌扱いだもんな、自転車・・・・・・てか賠償金少なかったらやってもいいのか」


「最悪殺人だってやってやるわよ。手足縛って快速電車とかでミンチにさせるのとか良いわね。死体の損壊状況考えれば検視もままならないだろうし」


(冗談で言ってるんだろうが本当にやりそうだから恐いんだよなこいつ)

 

 まああんまり人の事どうこう言えそうもないが。

 

 ともかくやるだけの事はやった。


 今はこれで様子見だ。



 まだ人も来ていない静かな教室。

 そこに早瀬の取り巻きが三人程来た。

 新島 ハルヤを含めた面子である。

 ビックリした様な顔をしていた。


「おはよう」


「早いわね。何時もこんな時間に来てるのかしら?」


 手毬はまるで挑発するような物言いだ。

 俺自身まさかこんなに早く仕掛けてくるとは思わなかった。


「どうしてこんな早くに教室に来てるんだよ」


 ハルヤがそう言った。

 お前がそんなだからだよといってやりたかった。


「それよりも普段から油性ペンとか持ち歩いているのね。一体どう言う理由で持ちち歩いてのかしら?」


(こりゃもう現行犯だな)


 手毬は新島 ハルヤの姿をスマフォで撮影しながらそう指摘した。

 しかし一体何をやらかすつもりだったのだろうか・・・・・・

 新島 ハルヤはソソクサと退散した。

 

 そっからは手毬劇場の幕開けだ。

 クラスメイトが集まりだした頃にワザと皆で聞こえる声量で新島 ハルヤの悪行を伝える。

 そして先生にも伝える。

 先生は「それだけで悪者扱いはしてはいけない」と言う調子で手毬に釘を刺したが教師も馬鹿では無い。何かしらの疑念を植え付ける事には成功できた。


 こうして昼休みになった。

 何時もの自動販売機の横で肩を並べて手毬と話合った。


「上手くいったな」


「そうね。これで私達に何かあれば自動的に悪評が高まるわ。逆にアイツらは私達を守らなければならなくなると言う寸法よ」


「だけど「馬鹿はやる」って言うお前の言葉がある筈だが」 

 

「そうね。人間皆利口に出来ちゃいないもんね」


「そうだな・・・・・・とにかく次来るとしたらどう言う手で来る?」


「人目の付かない学校内で仕掛けるか、校外で仕掛けるかね。それもある程度の大人数で。まああの三下よりも私は藤沢 クルミが恐いんだけどね」


「藤沢 クルミか。たぶん豊穣院さん絡みで動くと踏んでるんだろ? 手毬は?」


「うん」


 藤沢 クルミ。

 早瀬 ミナトの女性グループの纏め役。

 そして手毬の予想では早瀬にホの字だと言う。

 その線で豊穣院さんに何かしらのチョッカイを駆けてくるのだとか。


「そもそも今回の一件は豊穣院に面子を潰されたって勝手に思い込んだ取り巻き連中が勝手に暴走しているだけよ。本来は早瀬が事態を収拾しないといけないんだけど、それが出来ないからこうして私達が苦労してるわけ」


 手毬の言う通り今回の一件はそんな感じなのだ。

 俺も新島の野郎がまさかあそこまで沸点が低いとは思わなかったが。


「藤沢 クルミがどう動くか」


「ここにいたんだ!!」


 牛島 ミクが駆け込んできた。

 慌てた様子でゼイゼイと息を切らしている。


「おい、何があった?」


「豊穣院さんが大人数で連れて行かれて・・・・・・」


「なに!?」


 それだけで豊穣院さんの身に何があったのかを察した。


「誰に連れて行かれたの?」


「早瀬の、藤沢さん達のグループが・・・・・・突然現れて無理矢理女子トイレに。私どうして良いか分からなくて・・・・・・」


「それで何処の場所のトイレに連れて行かれたの?」


「さ、三階の女子トイレ!」


「手毬、行くぞ」


「ええ」


「ちょ、ちょっと!」 


 俺と手毬は三階の女子トイレに向かった。



 三階の女子トイレに来ると待ち受けていたのは新島 ハルヤだった。

 出入り口を封鎖している。

 

「お前か」


「テメェ・・・・・・朝はよくも恥を掻かせてくれたな」


「勝手に自爆しといて今度は強硬手段か? 早瀬の指示か?」


「アイツは関係ねえよ!」


「ならどいてくれねーか」


「ああ、何してようが関係ないだろ? 大体ここ女子トイレだぞ?」


「じゃあ私が入るわ」


 そう言って手毬が前に出る。

 だが新島達は引こうともしない。


「いい気になってんじゃねーぞチビガキが。中学時代にどんだけ暴れたかしんねーが、高校でも通用すると思ってるのか?」


「中で何をやっているんだ?」


「ああ、藤沢に聞けよ」


 それを聞いて俺と手毬はピクッとなった。

 藤沢。

 間違いなく藤沢 クルミの事だろう。


 想像通り、藤沢 クルミが動いたらしい。


「来ないで下さい!」


 豊穣院さんの声がトイレから聞こえた。

 

「ちょっと黙ってなさい! せっかく素敵な髪型にしてあげようと!」

 

 藤沢の声だろうか。

 どうやら女子トイレでイジメの類いが行われているらしい。


「この人達は私に気概を加えようとしているだけです! これ以上関わったら――」


「だってさ。どうする?」


「一刻の猶予もないわね。悪いけど、付き合って貰うわよ」


「ああ、そうだな」


 そう言って手毬は殴り倒した。

 腹に一発――女性のパンチで響いてはならない轟音と共に拳が新島の腹に突き刺さった。唾液を撒き散らして白目を向きながら女子トイレの方へと仰向けに倒れ込む。

 取り巻きは僅かな時間に起きた瞬殺ショーに「ヒィ!?」と怯えた声を挙げて道を空けた。


 中では豊穣院さんが複数の女子に羽交い締めにされて、藤沢 クルミがハサミを片手に髪を切ろうとしていた。


「ヒデェ事しやがるぜ。現行犯だなこいつは」


 俺はそう評した。


「ちょっと、私達に暴力を振るうつもり!?」


「今の自分の姿を見てそんな口叩けるの? 木里、こいつらの処理は私がやるわ」


「手加減はしろよ」


「あいつら次第よ」


 そう言って俺は女子トイレの前に立った。

 そして手毬が進んでいく。

 ドス!、ゴキャ!、バキッ!

 またしてもバトル漫画でしか響いてはならない重々しい音が響き渡った。


(手毬の奴、全然衰えてないな・・・・・・)


 密かに鍛えてたのだろうか?

 全く相手にならない。


「終わったわよ」


 豊穣院さんと一緒に手毬が出て来た。

 俺達はその場から立ち去った。



 あの後、全校集会が開かれて俺と手毬は説教コースを受けた。

 所詮暴力は何処まで行っても暴力。正当化される事はない。

 停学にならず反省文だけで済んだのが御の字だ。


 藤沢 クルミと新島 ハルヤは停学処分である。(取り巻き達も同様だ)


 早瀬 ミナトも事情聴取を受けている。

 何かしらの罰則が下されるだろうとの事だ。


 そして夕暮れの校門。

 豊穣院さんが待ち受けていた。

 牛島さんも一緒だ。

 

「どうしてあんな真似をしたんですか?」


 涙目、涙声で豊穣院さんにそう言われた。


「悪いな。中学時代からこうなんだわ、俺達は」


「こいつの言う通り。私達はそう言う風に生きて来たの」


「でも――下手をすれば貴方達だって危険な目に」


「ごめんなさい」


 手毬は素直に謝罪した。


「豊穣院さんの言い分は分かるわ。私達やった事は何処まで行っても所詮は暴力よ。世間的にどう言われようともね。貴方にそう言われても当然よ」


「ならどうして――」


「嫌われてもいいから助けたかったの。それだけよ」


「~~~!!」


 豊穣院さんは手毬の小さな体に泣きながら抱き付いた。

 これで一件落着――と俺達は考えてはいなかった。

 こっからが本番であると思った。

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