第39話 バリケードを作れ 1
「―――あの子を見なかったか?」
俺は帯金に尋ねる。
「あの子とは―――さっきのアレか、高校生の」
「ああ」
目の前には、積み重なっている椅子があった。
一人用の椅子ではない、病院の待合室にあったものだろう、わずかだが記憶にある。
それを、何段にも重ねて、ベンチのような椅子を何段にも重ねて、それを縄で縛ってある。
病院の一階廊下の、その真ん中にそびえて、役目を果たしている。
その縄のほつれたところを追加の縄で縛り直すのが、『仕事組』の今の仕事らしかった。
その追加の縄がさっきまではあったのだが、届かないので腕で抑えるのみである。
檜垣も近くにいた。
「―――てっきり来ていると思ったんだがな」
「『ロロロ』………ッ『オオオオオオ』」
「あの子は、だから―――海老沢君だっけ、どうしたってんだよ」
「『オォオオオオ』」
「あの子ならこいつを何とかできるだろうに、と思ってな」
一メートル先だった。
そのベンチを積み重ねたバリケードの向こうに、『あいつ』がいて、、もがいている。
腐った腕をベンチの隙間に差し込み、俺たちを掴もうとする。
俺たちは腕でベンチバリケードを抑えながら、時々、その腕をよける。
緩慢に伸びてくる腕は、なんだか握手を求めてくる様子にも似ていた。
こいつは―――やや動きが鈍い固体のようだ。
「面倒だな………」
「あの子が、これをぶっ倒せばいいっていうのもありだが、頼り過ぎじゃねえか?流石に」
「檜垣よ、お前はお礼を言ったか?」
檜垣は言われて、ばつの悪そうな顔をする。
「いや、そういえば言ってないけど―――色々あり過ぎて」
「俺もだ、気づいたら見ているだけだった」
あまりのことが起きて。
あいつらを、目の前で二体、三体と鉄パイプで殴り、俺たちはそれで逃げることができた。
あの後コンビニにまで彼が追いついてきたってことは、数十体いた『あいつら』を、なんとかした―――ということになる。
血まみれになって戻ってきた。
すべてを見ていたわけではないが、白いシャツの白い部分がなくなるほどの格好、返り血が―――何をしたかを物語っている。
「お、俺だってなあ―――鉄パイプか、武器か、何かありゃあ、そりゃ一匹くらいやったさ!」
「ああ―――いややめとけ、あれはない………」
「あの子、どうなってんの?結局―――」
「おい!縄だ、縄!」
竹部が走って来た。
そして持ってきた縄を渡してくる。
これでバリケードの修理ができると思ったが。
予定外のことが有る―――竹部の馬鹿が持ってきたのは縄ではなかった。
白くて、布のようなもの。
なんだこの違和感が―――初めて見るものではないが。
見覚えはある。
「おい、これ包帯じゃないか?もしかして」
「ああ、そうだ」
「頑丈なロープを持って来いって言っただろ、もう一度頼んで来い」
「病院にあるもので何とかしろって、怒鳴られたんだ」
「………あのな、聞いたことないぞ」
「ああ、バリケードづくりはしたことがない、未経験者なんでな」
「………」
「ホームセンターにひとっ走りしてこようか?」
「―――いや、いい」
くそう、こんな事なら病院なんて来なければ―――。
いや、どこもこんなもんか。
ここが一番―――一応は優遇されているのかよ。
悪態をつきながらベンチに包帯をかける。
ひっかける。
ベンチの椅子にひたすら白い布を巻く。
隙間から時折緩慢な腕が出てくる。
暗い影からするりと出てくるさまは、もぐらたたきのようだった。
しかしこの包帯―――いいのか?
怪我をした人に使った方がいいのでは?
「それでよ、できればバリケードを押して、『陣地』を広げて来いって」
「………」
実はそれをやろうとしたことはあるのだが、思いのほか重く、椅子の足を引きづり、数センチしか進まなかった。
病院の、寝食を受けていない、人間の陣地を増やす。
あいつらを追い立てる。
せめてこの、一メートル前の男がいなければ―――。
「簡単に言ってくれるな………」
自分もできる事ならばそうしたいという気持ちはあるところが、苛立ち。
歯がゆい。
「ていうか、なんの話だ?」
「だから、あの鉄パイプの高校生が―――」
「確かにあの子がいなかったらヤバかったな、全員ヤバかった」
誰も否定しない―――俺たちは生き延びた。
それはあの少年がいなかったら不可能だっただろう。
「検査はどうなったんだろう」
帯金がぽつりと言った。
言いながら、一メートル先の男の腕を、一歩引いて躱す。
「あんなに血を浴びてたら―――噛まれなくても感染するんじゃあ―――ないか」
「………おい」
「あの子は、隔離されるだろう、ずっと」
「お前なぁ、命の恩人に対して―――」
「医者だったらそうするっていう話だ」
「だからって!」
「―――おい、何やっているっ、早く作業してくれ!」
病院の職員が、廊下の向こうから、声を張り上げて我に返る。
竹部が向き直る。
そしてつかつかと歩いていく。
「すみません!やっぱりロープありませんかァ?包帯じゃなくてッ!」
俺たちは作業に従事した。
黙々と作業に勤しんだ。
必要なことだというのはわかっている。
「―――あの少年に恩を返したいとは思っている」
帯金がぽつりとつぶやいた。
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