第47話 A-To-Zombie 2
僕は阿部博士からの証言、制作者からの証言を得られた。
このウイルスにかかっても僕のように生きている人間がいる―――その疑問は解決した。
それはウイルスの感染力、症状が弱かったためではない、偶然の性質ではない。
最初から、全員が死なないように作られているウイルス。
ウイルスの仕様。
そういう風に作ったという話だった―――かなり理解に苦労、苦しむたぐいのウイルスだ。
正確に言うならば―――狙った人間だけを殺すという性質の、悪魔である。
「ひとつ聞きたい。僕の症状は、周りに
「え?安心していいわよ、空気感染で発症はしないわ、噛みつかなければ何もない―――血液のみ」
「………信じるしかないかッ」
彼女は僕の全力の殴り、鉄パイプを手のひらで受けつつ、蹴りを繰り出す。
何度も食らっているので、今度は飛んでみた。
飛んで避けてみた―――僕は鉄パイプを握ったまま、彼女の上に飛ぶ。
鉄パイプのおかげで、テレビで見た棒高跳びに近い動きになる。
身体は強く、跳躍力が強くなったのもわかるが、流石にこんな動きができるようになってしまった自分に、戦慄する。
上空から見下ろすような景色に、驚く。
そのまま向こう側へ降りた。
この位置なら、病院側だ―――彼女に立ちふさがる形になる。
「病院には行かせない―――」
そのまま鉄パイプを引っ張ろうとする。
だが、ぬるりと―――滑って、手から抜けた。
「なっ―――あッ!?」
血で滑る、血液で滑った。
予測外でうわずった声を上げる。
阿部博士が手に入れた鉄パイプを大きく振る。
身を逸らし、耳元で風を裂く轟音と、笛の混じったような音が駆ける。
「くそぉ!」
防戦一方だ。
ただでさえ―――身体能力が強いのに、右ストレートからも、こぶしからも風切り音がしたのに。
白衣を着た女性ではあるが、その動作速度は上がってきた。
その身体の動きの速さときたら―――プロボクサーが白衣を着ているかのような、凄まじさと、あり得ない―――そう、あり得なさがある。
「もう少しで完成するわ!」
これは
どうする、踏み出すか、運が良ければ耐えられるのか、僕の身体は。
病院に向かって、後退することになる僕は、鉄パイプを躱しつつ、下がっていく。
武器を奪われた、形勢は悪い。
「『血液型』よ!」
彼女は叫ぶ!
叫んで僕を追い立てる。
武器を振り回す、冗談じゃあない、女の力ではないぞこの轟音は。
人間の力でもないのか―――今となっては。
「血液を媒介とするからには、それで分けていたわ!」
背後に障害物があり、逃げ場がない、鉄パイプが肩を掠める。
障害物、―――捨てられた車だ。
「『A型』は死亡!そして歩き続ける!
死亡して歩き続ける―――今、僕の周囲にいる人たちは、やはり死んでいたのか。
「『B型』は症状が出ない!」
「そっ―――そんな」
「『O型』は死亡!発症すれば死ぬわ!」
「そんなことがあるわけ―――!」
血液型だって?
血液型によって症状が異なる?
やはりおかしいのかこの博士は、いくら血液を使って感染するって言ったって、そんなことが―――そんなウイルスがあるわけない。
前に踏み出て、彼女の腕を掴む。
鉄パイプを奪おうと、力を込めて接近した時だった。
今までのような、数匹ではなく、大量に感染者がやって来た。
それは今までの規模の、第二波というわけではなく、最終かもしれない人数だった。
数えることをあきらめた。
腐った身体とにじんだ血液で外観は同じに見えたが、それは生身の話で。
皆、服は着ているから生前の姿がわかった。
かつての姿がわかる、腐った者たちがやって来た、集まってきた―――。
かつては医者だった者が、看護師だった者が、書店員だった者が、料理人だった者が、店主だった者が、消防士だった者が、警察官だった者が、警備員だった者が、スーパーの店員だった者が、花屋の店員だった者が、整備士だった者が、ガソリンスタンドの店員だった者が、部活動の途中だった者が、学生だった者が、電車の車掌だった者が。
姿からは―――生前の生活がわからない者もいるが。
僕たちに迫っている。
その包囲網が徐々に狭まっている。
大量に感染者たちが迫る―――死亡して、そして歩き続けている者たちが。
腐敗した濁流のように、それは、止めようがない。
もう職業など意味をなさないだろうに、彼らは律儀に服を着ていた。
かつての自分の象徴を脱がずないでいた。
そうか、脱げないのか―――いや脱ぐという発想すらも失われ、死んでいるのだろうな、着替えるという発想もないので臭気は初日よりも強い。
腐った者たちは―――大通りいっぱいに広がり、それは狭まっていく。
僕たちに向かって狭まっていく。
「―――あなた、『AB型』ね」
「………!」
彼女の顔を見る。
陽の当たらない場所で長らく研究していた、その日々の象徴と思われる白い肌、それに
黒い血管が混じり、水墨画のような色合いの―――それは、笑み。
黒い血液を持つ者。
僕と同じ者。
「私も同じだから」
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