第48話 A-To-Zombie 3
休み時間に血液型占いと称する戯れに興じている友人はいたし、混じったことはある。
僕が自分から話を、その話題を振ったこともあったとは―――思う。
だが僕の血液型を一発で言い当てられたことは―――今までにあっただろうか。
確率上は最もレアなタイプだと記憶している。
人数は少ない。
しかも昨日出会ったような人間に。
そもそも僕はあれを悪趣味なものだと思い、信用していない。
血液型で人の何がわかるのかと。
なにが気まぐれだ。
なにが天才肌だ。
いや天才肌になる人生も良いが、それまで僕はそういったものにはなれなかった。
慣れていなかったのでどこかやりづらかった。
「なん―――で―――」
と、言っている間もなく、集まってくる感染者たち。
いや―――『A型』か、つまり。
A型の人間の、死体が―――動いている。
「ロロ『オオオオオオオオオオオォ』『ロロオ』『ロロッ』『オオオロロ』『ロ』『オオオロ』『オオ』」
死体のその声は、人間のような言語でもなく、動物の単調な鳴き声に似ていた。
しかしそれですらなく、ただ喉があって空気がそこに出入りしているから、肺も残っているから物音がでている、というような音声だった。
「この新型ウイルスにかかった血液がある限り、私は―――平気よ!」
彼女は思いがけない行動に出た。
僕から離れ、後ろ向きに歩いていく。
後退して、左右から感染者二人に、肩を噛まれる。
「なっ―――!」
「噛まれても死なないわ!」
そういうウイルス、そういう症状なのだ、彼女は。
甲高い笑い声とともに、白衣を脱ぎ捨てる。
歯が、感染者の歯が四つ、五つと―――数え方が、間違っているかもしれないが、彼女の肌に噛みついて彼女の身体を揺らすたびに、僕は戦慄する。
狂っている。
黒い血液をにじませながら高笑いする。
どういう感情で、それで笑えるのかわからないが止めるしかない、そして今、それができるのは僕だ。
噛まれても、もうそいつらに噛まれても平気。
そう、もはや怯えるのはばかばかしい、自分は無敵である、そう言いたいらしい。
ああ、そうかい………。
「バリケードを壊すわ………そして全員感染させる」
彼女が呟く。
僕は、大通りの脇、白いガードレールに飛び移った。
先日、走って追いかけて来た松江さんだった者を思いだす。
あれが、ぶつかって用水路に転落したものと、ほぼ同じものだった。
暴走した車が衝突したのか、それは既に壊れかけていた。
飛び移り、力を込める。
今の僕の腕力で―――固定していたボルトが弾けて転がる。
ガードレールを、引きちぎって、身体の前に立てた。
彼女が、僕のやろうとしていることを理解したらしい。
もはやこうするしかない、狂気の悪魔を。
元々はそういう意図で作られたものではない、白いガードレール。
それを持つ。
ガードレールは金属製で、厚さはそれほどない。
それでも武器を持った相手に、丸腰は無理だ。
「それで、そんな―――ので、防ごうっていうの―――?」
白いガードレールは一部変形、ひしゃげてはいたが、薄い金属板でもあった。
今の僕の腕力でなければ、この用途になり得なかったかもしれない。
彼女は感染者たちを振り切り、肩の歯型から黒い出血を弾けさせ、歩んでくる。
そして鉄パイプを振りかぶったその姿はもはや人間の面影はない。
僕は一度ガードレールにぶつけて、金属同士の音が響く。
息を吸い、そして吸いながら笑うといった、甲高い声を上げている彼女。
幅広い側面ではなく、上から見れば薄い板だ。
それを、当てる。
人間以上の腕力で振りぬいた。
狂気の笑顔を浮かべた阿部博士の表情の、わずか下、肩の上を、全力で振りぬく。
鈍い音とともに、笑い声が途切れた。
彼女は最後まで笑いを止めなかったので、物理的に止めた。
鈍い音とともに、阿部博士の『下』は動きを止めて、ひざを折る。
地面に座り込む。
切断面から、黒い血液が漏れ出した。
地面にたたたっ―――と液体が落ちる。
一秒もしないうちに、近くにあった車のボンネットの上に、切断された『上』が落ちて、ぼこん、という音を立てた。
跳ねて落ちた『上』を、僕は見ない、見れない―――目を
僕はその場から去るのに必死だった。
病院へ戻る、戻らなければ―――。
この数の相手は困難だし、もしかしたら病院の敷地内から来たのかもしれない、と今更ながら気づくが―――とにかく数が多かった。
黒い血液の力で、跳躍すれば、わずかに振り向くだけの余裕は生まれた。
空中で風切り音を聞きながら、後ろを振り向く。
最後の光景も、座り込んだままだった。
感染者たちが、大量の人間だった者が濁流のように揺らぐ。
蠢いて。
首から漆黒の血液を溢れさせる彼女に集まり、群がり、覆い―――。
それきり、見えなくなった。
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