第49話 それからの日々



後日譚。


そもそも後日があること、今も世界が続いていることに感動を覚えつつ、僕は車の助手席に乗っていた。

感動を覚えるべきだろう。

荒れ果ててはいるが、徐々に復旧のめどが立ち始めている町を、車は走っている。


政府の放送があったのは、阿部博士が死んだ翌日だった。

それから各地で、被害者の救出運動が始まった。

病院は当然無事だったし、生き残っている人たちは多かった。


製薬会社で作られたあのウイルス。

企業に警察の捜査が入り、データはすべて押収された。

データは重要だった―――データは残っていた。

博士本人でなくても、ましてや研究したチームでなくても、ウイルス作成の過程のデータがあれば、ワクチンの作成に大いに役立つ。

当初は不可能とされていたが、今は研究者たち、科学者たちによって、最優先で生産を試みているらしい。




博士が………死んだ、と他人事のように言ってしまう、思ってしまうのは逃避、僕の逃避だった。

何故彼女がそんな行動に出たのか。

企業の圧力もあったのだろうが、頭のいい人間の考えることなど、結局はわからない。

ウイルス研究に没頭する中で、普通ではありえない何かに、なってしまったのだろう。



天才と呼ばれるそれに近かったことは間違いない。

だが、彼女は、予定とは違うと言っていた。

このウイルスの性質を最初から想定してはいなかった。

そうだ―――彼女のことを天才と呼ぶ人間はいた。

事件の後に聞いた。

若くして天才で、かつ研究熱心の努力家だったらしい。

だが、彼女はその抜群の知性ですべてを、上手くは出来なかったのだと思う。



彼女は特別であるがゆえに期待も大きく、ウイルスの研究を、辞めることができない立場だった。

それが色んな関係者が僅かに漏らす、彼女の人物像だった。

何とも言い難い、不愉快さと、謎を残しながら彼女は食われて消えた。

彼女も、ろくな死に方をしないって、わかっていただろうに―――何故―――。

彼女を殺したのは僕だ。

しかし僕でなくても―――あれを見た、誰かが、絶対に、同じことをしたと僕は思う。


「結局、万能の天才なんてありえないってことだな」


彼女を知っていた、誰かがぼやいた。

他人事のように―――そう、彼女とはほとんど面と向かって話したこともないような誰かだった。

まあ―――そうなのだろう。


余談ではあるが、この騒ぎを起こした大東雅製薬、企業は起訴された。

彼女に作成を命じた責任者の男は―――二人いた。

二人は当然のごとく、逮捕されている。

悪は罰を受けるのだ。

だから今は、事件から隔離されている。


だがその二人の人間は『A型』だったらしい。

確率上、偶然だという事は有り得る。

だが知ったとき、うすら寒いものを感じた。

彼女の意思を感じる―――のは僕だけだろうか。


―――殺したいほど憎い人間は?


あれはどういう―――どこまでの意味だったのだろう。

深い意味はなく、誰でも持ちる―――そう、喩えだったのかもしれないが。


大団円、めでたしめでたしではないが、そんなわけではないが、この事件はまだ、人類を絶滅に追いやってはいない。

人類絶滅ウイルスではないことがわかっている。

このウイルスでは滅びない。

そして死なない人々による、町の復興活動も行っている。


死なない人々。

僕は、事件の最中に、噛まれても発症しなかった女子と出会っていた。

まあ、その直後に玄関のドアを閉められたけれど。

氷室由佳とは再会できて、挨拶くらいはした。

僕が最初に出歩き、コンビニへ行った際に出会った、民家の少女だった。


長尾は、僕とまた顔を合わすなんて思っていなかったらしく、かなり気まずそうにしていた。

何よ、文句あるの―――私は由佳が生きていればそれでいいんだから―――。

だ、そうだ。

女子生徒の友達想いな感情を、どうこう言いはしない。


僕の不満を除けば、病院へ連れて来られた女子二人は、幸せそうに見えた。

噛まれても感染しなかった氷室由佳は、血液型がB型だった。

そう、阿部博士が言ったとおりに、症状が別れていた。

病院に、あの病院にいた避難者の中には、まだ噛まれていない人間に混じり、噛まれたが『B型』であったという患者もいた。

彼らは症状が出ない―――復旧作業に当たっている中心人物たちである。


有差別殺人ウイルス。

予定とはかなり違った、だなんて制作者は言った。

あわや失敗作のような言い方ではあったものの、あの阿部博士は恐るべき新型のウイルスを作りだすことに、成功していたのだった。

血液を媒介として感染させるという点は全人類で同じだけれど、手段が一つでも症状のタイプが、型がいくつも別れる―――そんな思惑通りのウイルスを。


頭のいい人間―――だったのだろう。

だが僕はひたすらに、わからない―――どういう感情を持てばいいのか。

これをして、これをしたら、これをやれば―――何になるというんだ。


死なない人々による、ワクチンの研究も進んでいる。

症状が進み過ぎて身体が壊れている感染者は、手遅れらしいが。

あの症状が出ると、凶暴化して恐ろしいが、日が経つにつれて弱体化の傾向もあった。

身体が腐っていくのだ―――融け落ちていくようなものだ、だから身体がボロボロになっていくのは素人しろうと目でもわかった。


「海老沢くん―――ワクチンによって、君も元の身体に戻れる見込みがある」


そう言われた。

これからも世界は続く、明日もある。

そこは絶望一色ではなく、改善の見込みはある―――そう思いたい。

こんな事件が起こりはしたものの。

人類は負けていない―――そういうこと、らしい。





――――――――――――――――――


僕は感染者の頭を叩き割る。

血液が飛び散った。

腹を蹴れば血が炸裂した。


腐食が激し過ぎる、時間経過が過ぎた者はもう助からない、やらなければやられる―――『上』から言われていることだった。

増えすぎた感染者をどうするか、この世界は全世界で協力し、対策をしている。


しかし増えすぎた、といっても、このウイルスには決定的な欠点、というよりも付け入る隙がある。

全員が感染して死にはしない、という点だ。

絶対に症状が現れない、どころか逆に身体能力が上がる者がいる、それすらあると、確定している点だ。


人類は、このウイルスで決して滅びないという点である。

それは間違いなく、良い―――そう、希望だ。





――――――――――――――――――



『長い歴史を鑑みれば、疫病、伝染病によって人類が苦しんだことは何度もあります。数年どころか数世紀にわたり、猛威を振るったケースはあります。ですが乗り越えた。人類は病魔を乗り越えて、今があるのです。今回の事件にも、解決のきざしが―――』


テレビで識者が気休めのようなことを言う、まあ気休めも大事だ、否定はすまい。

そもそも、よくテレビ局が復活できたものだ、精力的に取材を行っているらしい。


『ワクチンによって予防も対策も出来ます』


僕をはじめ、『ならない人間たち』は徒党を組んで、生存者の救出を続けている。

今日も、そのうちの一つだ。

やらなければならないことがある。

高校生の身ではあるが、僕には仕事が与えられた。


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