第46話 A-To-Zombie 1
追いついた僕は叫ぶ。
「まだ話は途中だ!あなたが作ったのか、全部!」
鉄パイプを思いっきり振りかぶって、飛びかかる―――振り回して、当てようとする。
当てようとするが、右へ左へ、躱される。
鉄パイプと同じ、いやそれ以上に速いのではないかと、思わせるほどの動き。
こっちは武器を持っているのに―――むしろ向こうの方が
白衣の女性は黒い血管を肌に浮かび上がらせたまま、笑みを浮かべている。
腕を掴まれたため、僕の攻撃は止まった。
「私たちの研究チームよ、正確に言うと」
彼女はそう言いながら、腕を握り、力を込めて来る。
「だから、知っている。それなりにこの力を使いこなせるつもりよ」
「なんだって………?な、何故作った!こんなもの、全部」
「必要に駆られて―――新しい生物兵器を作る、『上』からの命令よ」
「上からの---?」
彼女の上、とは製薬会社の上司、いやもっと―――会社ぐるみという事か。
「企業のプロジェクトよ」
腕だけでなく、僕は首を絞められていた。
鉄パイプを取り落とす。
そうして、やられているだけでは
苦しいが、それでもすぐにつぶされずに、黒い血管が浮かび上がった腕で相手を掴み返せるのは、僕もウイルスに感染したおかげである。
「い、意味がわからない、なんでこんなことをして、何に………!」
だとすればあの企業は腐っている。
ここまでの事件を起こす規模となると、その労力も人手も並ではないだろう、しかしそれをやって起こしたのがこの無差別殺人事件だというのなら、本当に意味がわからない。
何故こんなことを、としか言えない。
「やらなければならなかったわ―――でも、そうね。どうせ業績不振だったのよ、あれだけ強引に押し付けてきたのだから」
あの人は言わなかったけれど―――と彼女は言う。
彼女が研究しているときに何があったのかは、知らないが。
「それに、大量に人を殺す兵器を求めている国は存在するわ」
馬鹿じゃあないのか。
なんだこの女は。
どこから発注を受けたのか委託なのか、僕は企業で働いたことが無いからわからない。
業績不振とは、金のためか?
大企業だったのは全盛期のことで、それは過去の栄光という事か?
では今は―――そうは見えなかったが―――。
とにかく。
「いいからやめるんだ、病院にも行かせない!戻せ!全部!」
「はっ」
「ワクチンを作るんだ!」
お辞儀をするように体を倒し、投げようとした。
常人なら、感染者ならこれで吹っ飛んでいるが、博士は対抗できるようだ。
「僕の身体だって、もう―――普通じゃない」
あんたのせいでこんな身体だ―――普通じゃない、どうしてくれる。
腕を外せなかったが、変化はあった。
彼女の身体、その背後に噛みつく者がいた。
それは僕ではなく、何時の間にかやってきた、近づいていた腐食者。
感染者の女だった。
その隙に、一度離れることができた。
阿部博士が腕を振り回すと、その女は宙を舞った。
白衣の一部がちぎれたが、彼女はそれ以外の傷を負っていない。
「大量殺人ウイルスとか言ったけれど、それは喩えよ、単なる喩え―――私はこうして生きている」
大量に人は死んでいないとでも言いたげな物言いに、反感は覚えるが阿部博士は感染して生きている。
そうらしい、そして噛まれてもいいらしい。
どういうことだ?
「僕も死なない………!」
自分が死んでいない。
これはずっと纏わりついている疑問点だった―――死んでいないし死んでから、当てもなく彷徨うこともない。
それは、決して不幸ではないが、僕はあの時からずっと混乱している。
「僕は死んでいない………ウイルスにはかからなかった、感染しなかったってことでいいのか?」
「いいえ、コンセプトが違うのよ、死なない人間が出来るように作ったの」
コンセプトが違うと言った。
死なない人間―――それは、死んでからも歩き続ける人間と、通常の死人とは、また別の存在。
「なる奴と、ならない奴がいるみたいだ―――たとえ噛まれても。その違いは何なんだ」
「違いを作ったのよ。違うように作ったの。ただの大量殺人ウイルスよりも、さらに上のものを作ろうとしたの」
彼女は言う。
僕は背後から近づいてきた感染者の男を突き飛ばす。
ここでは腰を落ち着けて会話をすることもままならないらしい。
外出をしたことを今になって後悔する。
だが―――博士の発言。
「大量殺人じゃあない、なんだって?」
聞き間違いと思った。
「死ぬ人間と死なない人間を作りたかったの」
彼女は言う。
「ねえあなた、殺したい人間はいるかしら、憎たらしい人間は?」
「えっ………?」
「あの人間だけは許せない、という人間は?」
何の話だ。
許せない人間―――はいたかもしれない。
色んな奴を嫌いになってきて―――僕はそう、善良な市民でも聖人君子でもなかった。
だが、今はあんただ。
あんたが許せない。
それを言えばいいのか―――なんだ、なんなのだ。
今までにそりゃあ、色んな人間を見てきたが、嫌な感情が沸くのを止められなかったこともあるが。
そのどれもこれもが今では、可愛く見える。
そもそも律儀に話を聞く必要があるのか疑わしくなった。
しかし、彼女が何を考え、こんな研究をやってのけたのかを知る必要もあった。
ここで、いつの間にか、また二匹、感染者が迫っているのに気が付く。
僕は移動する―――くそ、今は邪魔だ、お前ら。
「無差別殺人ではなく、
「………?」
買い物帰りの主婦だった者―――おそらく―――を押しのけながら、博士の話を聞き取る。
有差別―――?
差別がある、ということか。
「ウイルスを部屋に放つ。断絶された密室に―――そこには二人の人間がいるわ、殺したい人間と、生かしたい大切な人間。そのうちの、殺したい人間だけを、殺す―――ウイルスがね」
「殺したい人間と―――生かしたい人間―――」
「『選民殺人』ウイルス―――大量殺人よりも、
「はあ?生かしている人間もいるんだろう?」
「だから、そこが重要なのよ。こんなことができるウイルスはない―――この方が
企業の得る利益。
企業の得る売り上げ。
「こんな、ウイルスが―――」
「そう―――研究は予定とはかなりズレたわ。しかし似たものを提出する様に迫られた。秘密を握っている私たちは逃げることも許されない」
「………!」
彼女は研究者だった。
研究者で、あの企業―――もはや無人だと思われる大東雅製薬に、勤めていた。
そこで未知の研究に明け暮れて―――新型のウイルスを作成した。
それは莫大な利益を得る予定だった。
―――僕は思い出す。
研究室なので、データを記載する紙もあった。
研究機材とともに机上にある
その書類には、活字でこう、印字されていた。
A-To-Zombie仮.
「―――予定とはかなり違うけれど、法則を持って生かす人間と殺す人間を仕分けるウイルスが完成したのよ!」
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