第22話 学校へ

左に曲がろうとする過程で、その手前で、僕は再び、立ち止まることとなる。

落ち着いていかなければ。

周りを、そして目的地周辺をちゃんと見なければならない。

顔を少しのぞかせて見れば部室棟は道路の向こう、五十メートルほどのところにある。

周防さんのいる目的地、飲み物を届けるべき場所、サッカー部部室。


部室の手前に、グラウンドがあり、緑色のネットが張ってあって、歩道と車道が手前にあり、僕のいる目の前にも、その道路がある。

緑色のネットは、グラウンドでサッカーボールなどを蹴っても、車道へボールが飛び出さないためのものだ。

蹴っても出ていかない用のものなので、それなりの高さまで―――五メートルくらいだろうか、張り巡らされて―――高さは、とにかくある。


方角で言うと、僕が今いるのは高校の敷地の北側の角。

西側にグラウンドと部室棟、道路を挟んで東に高校の校舎などがあるという位置関係だ。


音を立てないように、それらを眺める。

飲みかけのペットボトルを開けて、唇を少し濡らす。

さて………。

どうする。


背後にも注意は怠れない、はたから見て不審者じみているくらいに、僕はきょろきょろしながら、思考する。

周囲は同じような民家が多い。

用水路は、大きくなかった。


再びグラウンドを眺める。

あの人間じゃなくなった連中、はいないように思われたが、グラウンドの橋で、歩いている二人がいた。

目を凝らしても、生きている人間と判別できなかった、ここからは遠い。部室棟からも遠い。

それらはよほどのことがない限り、障害にはならないだろう、道路のはるか遠くにも、陽炎のように見える、動いている人間が見えたが、やはりすぐに走ってくる距離ではない。


このまま走ってサッカー部室棟に行くのは、安全。

そう思った。

だが問題は校舎側だろう。

学校の校舎内の様子を―――僕は、どうなっているかは知らない。

塀に囲まれていて、植木もあるので、よく見えない。


「高校の中には―――いる」


いるだろう、絶対に。

昨日はいた、たくさんいた。

毎日数百人の生徒が通っているのだ、当然だ。


絶対にいる―――かつて生徒だった者、が。

今も………この巨大な構造物の中に。

あの大惨事が、一晩経つとどのように変化しているのか、想像の域でしかないがひどい有り様だろう。


そして、その生徒だった者がいるとして、でもどこからでも出入りできるわけではない。

正門せいもんや、裏口など、塀の隙間が何カ所かあるのだが。

その正門は、僕の通りに道にあった。

というか、正門は部室棟の近くにあるのだ―――道路を間に挟んでいるとはいえ。


まいった。

もちろん、まだかつて生徒だった者たちが、出てくるところを見たわけではない。

ただ、普通に歩いて部室棟に向かうとすれば、位置が悪い。


背後に。

背中側に、正門が、校舎が、くちを開けている。

そういう位置関係になる。

正門は、今はよく見えない位置だが、何人出てくるか、あるいは何十人出てくるかわからない。

いい気がしない―――いい気分なわけがない。


悪寒がじわじわとまとわりつくので、再び周りをきょろきょろと見まわす。

民家からは誰も出てこなかった。

民家の二階の窓は、暗闇があった。

………ここだって、安全地帯なわけではない。


周りは高校周辺ということもあり、それなりに住宅が密集していた。

いつ、奴らがその玄関からぬるりと出て来るともわからない。


緊張感と焦燥感から、思考が不安定になる。

なんとか奴らの位置関係を見れないものか。

思考も駄目だし、鼻も―――臭いも、よくわからなくなってきた。

犬でもいれば、危険を察知できるだろうか―――なんて。

有りもしないことを考える。

わらにもすがる思いだ。



ええい、走れば逃げ切れる。

逃げ切れない相手じゃあない。

見つかったとしても鉢合わせしたとしても、逃げ切れない相手じゃあないのだ。

一度は、逃げおおせた。

それを信じるしかない。


僕は、道路に出る。

車道を横断する、車などは全く走ってきていない―――みんなどこへ行ったのだろう、ところどころに停まっている車が、放置されているが。

物陰と言えるものは二台の車だった。それを特に注視したが、出てこないらしい。

いない。

いるのはうつぶせの死体のみ。


このまま一気に全力疾走すれば、この不快な時間は終わる、ゴールに行けるかもしれなかった。

流石にそろそろ精神的に参りつつある。

それでも歩いていれば、かろうじて気分を紛らわせる―――という気は、していた。


僕は歩道に移り、濃い緑色のネットに、指を添わせ、進んだ。

ネットに破れている箇所かしょがあれば、そこからグラウンドに入り込める。

が、実際にはかなりしっかりとした造りで、人が通れそうな穴など開いていなかったものだから―――そのまま学校正門近くに行くこととなった。


正門を斜めに見ている位置にあるので、内部がよく見えない。

いつもなら、登校時間は先生が立っていて、挨拶をしたり、服装に注意を飛ばしたり、なにかとコミュニケーションが存在する場所だった。


しかし今日こんにちでは―――。

一番―――わからない場所。

何が出てくるかわからない場所となりつつあった。

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