第40話 バリケード 2
本当に病院を抜け出していいのかという思いはあったので、医師に相談しようかと思った。
だから先程診察を受けた――上田医師に相談しようかと思ったのだが、彼は今どの部屋にいるかわからないし、この病院の構造には慣れていないし、出会えても非常に忙しいだろうという事はわかっていた。
多忙の彼だ、取り合ってもらえるかはわからない。
「いいわよ黙って出て行っても、どうせうるさく止められるだけなのだから」
彼女はその必要がないという。だが彼女のやり方も奔放過ぎる。
この状況で外出、建物からの出入りを簡単に繰り返していいはずがない。
危機意識がおかしい。
「あなたも危機感を感じないのではなくて?」
「………ぼく、は」
僕は、もう噛まれている。
「僕はいいんです」
もう三人に噛まれている・。
―――あの日。
学校のグラウンド、サッカー部室から走ったところで、噛まれながら倒れ伏した。
計三回?
か、三人に噛まれたのだと思う。
僕はそのまま『被害者』にやられて意識を失い、天国へ送られた―――などという事は、なかった。
噛まれて数十秒経ったところで流石に、やっていられなくなった。
痛い、というよりは三人、イヤ三匹にのしかかられて、非常に息苦しく、もがいた。
流石に延々と噛まれ続けるのは嫌だった。
嫌というか、しんどいというか。
奴らを押し返し、何とかはいずり出して逃げようとした。
思いのほか、一人でも対抗できた。
だが意外だった、奴らの体重は軽く見えた、思えた。
その後も感じたことであるが、そもそも腕が取れたことからして、奴らの身体は、脆い。
一般人より凶暴だが、見境ないが、しかし頑丈という事はあり得ない。
腐っているのだ、身も心も。
ちなみに持ち運べるタイプの腕は捨ててきた。
三匹の腐った仲間―――を押し返し、しばらく走った。
そして「その時」を待とうとした。
サッカー部室からできるだけ離れてバケモノになるしかない。
もう僕は『被害者』の仲間入りだが、そうなるまえにできることはそれぐらいしか―――他にあっただろうか、考える時間もないし。
何匹か押しのけて、何も考えずに走った。
最初に水を取りに行ったコンビニを通り過ぎ、それよりもさらに離れたところのコンビニに入った。
どうやら意識がまだ残っている自分がいた。
店内に入り、死体を跨いで歩き、飲み物を見つけて、そういえばサッカー部室に全部放り込んだのだった―――。
ペットボトルの炭酸飲料を手に取り、それをごくごくと飲んだあたりで、気味の悪さを感じた。
どうやら意識がまだ残っている自分がいた。
………なんだ?
違和感がある。
何故僕は生きてるんだ?
なんでのんきに飲んでいるんだ?
喉が渇いたから飲んだのだ。
店の外には、『一匹』―――歩いていく被害者がいた。
何故ああならない?
血は?
人の身体に噛みついて、血液を飲まない?
そうしなくても済むのか。
僕の身体は―――
「海老沢くん」
呼ばれて振り返ると、合流した人たちが四人ともいた。
逢野さんたち―――雀荘から来た、というのだが僕は雀荘というものが、何なのか最初わからなかった。
麻雀をするらしい。
まあそれはそれとして、目の前に来るまで気づかなかった。
皆さん御揃いでどうしたのか。
「ど、どうしましたか?」
「いや、君、大丈夫か―――気分が悪いとかじゃあないのか」
「別にそんなことは―――」
言いかけて、決してまともな体じゃあないのだということに気付く。
自分は病気にかからない、と―――かかっていないと。
思いたかったが、言いきれないのが気持ち悪かった。
そう、なまじ―――わからないから。
いっそ病気だとはっきり言われたほうがまだ、理解はできるのだが。
今どうなっているのか。
「気分は、はい―――意識があるんですが、それが―――」
変というか。
気持ち悪いというか。
だがそう思いつつ黙っている間に、雀荘から来たという合流した四人が、話を続ける。
バリケードを作っていて、そのほかにも力仕事が増えそうだからとりあえず来てくれないかという話だった。
他にも、僕と話をしたいという雰囲気を感じた。
その時、もともと騒がしかった廊下の喧騒が、いっそう大きくなった。
その騒ぎは悪いものではなかった。
『あいつら』の侵入などではなく、ナース服の看護師の付き添いとともに、何人かの男女が入った。
年のころはバラバラであったが、雰囲気から、一つの家族なのだと推察できた。
「通してください―――生存者です、廊下を空けてください!」
看護師の叫びと共に、ばたばたと、慌ただしく通っていく。
どうやら助かった人たちはいるようだ。
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