第41話 製薬会社へ 1
「そんな。ここを出ていくなんて………!」
僕が病院から製薬会社に出ていく意思を打ち明けたところ、彼らは反対した。
しかしそれは、大声をあげて猛反対というわけではなかった。
反対というよりも、彼らは動揺していた。
彼らも避難してきた人たち同様、先行きに不安を抱えている。
製薬会社に行けばこの事件を解決する手がかりを得られる、そういう理由があると説明した。
「危険だぞ、ヘリで食料が来るってみんな言っているだろう、病院で大人しくしておけよ」
そんな思いが大勢だったというか、四人が同じ思いだったようだが。
小柄な男は、少し違ったらしい―――確か帯金という。
「この子は『外』に出てもやれる―――やれる力があるって、いうことはわかる。もちろんここにいたほうが安全だが」
お前たちも見ただろう、と呟く。
動揺が大きくなる。
何をどう説明したところで、外よりは中の方が安全であることに間違いはない。
「出ていくなら急いだほうがいい―――医者の様子を見ていたが、そろそろ来るぞ」
「来る?来るっていうのは何がです………?」
僕は問い返したが、その意味は薄々感づいていた。
というよりも、診察した上田医師が、その様子が―――緊張感にあふれていたこと。
そして後ろに待機していた男二人も、身構えていた。
それくらいは感じていた。
何かあったときのボディーガード、取り押さえるための役だったのだろう、この事件が起こってからは、仕方がない対応だ。
誰がどう暴れるか、わかったものではない。
「『隔離』されるぞ―――そうなるしかない、俺だってそれが正しいと思う」
君の扱いがどうなるかわからない、この病院にいたとしても、通常の避難民と違う、多くと違う、特別な扱いは受けるだろう、と呟く帯金。
安全ではある、とそうおもうけどな、と付け足す。
それ等の考えを言われると、僕は言い返そうとして、返せなかった。
たしかに僕の症状はおかしい。
凶暴になるなど、見てはっきりとわかるような症状がない、いまは抑えられてはいるものの、わからない点が多く、しかも病院で、医者に聞いてわかるとも思えない。
どうする。
ここにいても、病院にいても、感染の疑いが大きい僕の扱いは、決して良好ではないだろう。
だが………。
声がした。
見れば勝手口付近で阿部博士と言い争っている人がいた。
やはり彼女も外出は反対されているらしい。
「すみません、出かけます」
四人に言って、口を開けて、何か言いかけたのだけ見えたが、それどころじゃあない、阿部博士の手を取って、勝手口を勢いよく開ける。
「あっ―――ちょっと!
ばおん、と、金属製の勝手口を閉じた。
木製のドアのように高速では閉じず、どっしりとしまった。
まあ襲撃には強そうなドアだ。
さて、病院内に比べていい臭いとも言いがたいが、風通しはいいだろう。
「行きますよ、病院からはどっちですか」
「ありがとう、そう遠くないわ―――途中は守ってもらうけれどね」
僕は、少し駆けて、そこに落ちていた色んな、医薬品関係の空箱に混じっている、鉄パイプを拾い上げた。
高校からずっと持ってきたものだったのだが、院内に入る直前で捨てたのだった。
もうかなり血まみれで、血液の色。
鉄の色も感触も見えない。
そういえば血液には鉄分も入っているというような話を思い出す。
ん………関係はないか。
なんにせよ、棒は、自衛のための武器は手に入れた。
「これでとりあえずはいけます」
僕は博士の前を歩きだす―――国立病院の敷地から出た。
――――――――――――――――――――
『あいつら』がはびこる町である。
風の音に混じり、靴を引きずるような不快な音が聞こえる町である。
阿部博士が出ていったことで病院出入り口の混乱が生まれた。
もう勝手にしろ、あいつら―――と、怒鳴る者、それと頭を両手で抱えてしゃがみ込む者など、反応は様々だった。
その隙に出てきたのである。
ちなみに帯金と竹部は誘わなかった。
いや、たとえ声をかけたとしても断られた可能性は大きいし、巻き込むつもりはなかった。
この世界で外出するのは狂気の沙汰だ。
「―――いいか?あの少年―――あの二人に追い付く。そうすりゃもう『あいつら』にやられる心配はかなり少なくなる」
檜垣に向かって言って、走る。
走りながらだから、やや声が引き攣る―――喋りずらい。
とにもかくにも、あの海老沢という異常体質の高校生とともに移動すれば、『あいつら』に力負けすることはない。
黒い血液を、血管を浮かび上がらせて『あいつら』を鉄パイプで吹っ飛ばしていた光景を、思い出す。
あれを思い出すと頼もしくもあったが、『あいつら』よりも恐ろしいという一面も感じた。
「その前に『あいつら』に見つかったらっ?」
「走れば逃げれる。そしてヤバくなったら建物の中に駆けこめっ」
走る速度が健常者に比べて異常に速いわけではない、というあいつらの特徴はもうわかっていた。
元は人間だからな。
規格外の身体能力は無い。
「道に車が落ちてるぞ、忘れ物かな!」
「それでもいい!何かに逃げ込め」
「ええい、命令すんなっあと俺お前のこと嫌いだし」
「はあ?お前あのドラ5のこと忘れてねえからな!根に持ってるからな!」
何を―――と言い返そうとしたが、走りながらだと舌を噛んでも困る。
もしもの時の緊急避難場所を考えつつ、斜め後ろを見ると、わき道から出てきた『あいつら』が何匹か、いた。
いる―――わらわらと、沸いて来てはいる。
十匹はいないか―――数はやはり、いる。
俺たちは必至だ。
追いつかれるよりも早く走っていくことにより、なんとか追手の数を減らそうとしている状況だ。
増えては減り、増えては減り。
追いつけなくなる奴も、多かった―――だが、体力的にヤバくなってからが鍵だ、本番だ。
その頃には阿部博士たちに追い付いていないといけない―――。
道を走っていくと、前方の車道のど真ん中に、一匹いた。
ゆっくりと二人にきづいたが、手を伸ばす。
二人は、『それ』が出来たのはほぼ偶然だったし、相手がややのろい、動きが緩慢な個体だったのも幸いした。
元々は五十代くらいだろうか、血まみれだが、職場の制服ではないことは感ぜられた。
私服であることから、仕事中に噛まれたわけではないのだろう。
今までに見た中でも腐食が激しい―――そういえば、もう事件から二晩が経っている。
時間が経っている。
彼は逢野に手を伸ばして右を向き、つかもうとした。
そこで左にもう一人が駆け抜け、そちらに向き直って手を伸ばした。
二兎を追うものとなった彼は、結果としてどちらの服もつかめなかった。
彷徨っていた敵を、走り抜けるだけで突破した二人、逢野と檜垣。
「今の良くねえか―――?いいな!」
「楽勝だ!勢いでいけっ、勢いで負けたらやられる!」
全力疾走である。
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