第42話 製薬会社へ 2


「―――ねえ、後ろから誰か走って来たわよ」


「あの人たち、危ないのになんで付いてきたんだ………」


僕は呆れた。

製薬会社へ向かい、この事件のウイルスを調べていくという目的。

それを目的とすべく、前方と、やってくる敵を注視していた僕だったが、予想外であった。

最初、全力で走ってくる敵かと思った僕は、鉄パイプを構えなおしたのだが、それは意味のない行動だったらしい。


「二人だけかしら」


逢野さんと檜垣さんは、目的地に着く前に追いついてきた。

息を整えつつ彼らは言う。


「手伝うぜ!調査なら、人手がいるだろう?」



僕は断りはしなかったものの面倒が増えたように感じた。

守る対象、ボディーガードを務める相手が阿部博士だけでなくなる―――まあどちらにしろ守らなければならないから、それに関して、大差はないのだが。

やらなければならないことは、その行動自体は変わらない。

ただ二人も増えるとなると―――そうだな、自信は揺らぐ。

この状況でちゃんとやれるのだろうか。


「………いいわ―――ただし研究室の手前までよ」


彼女も憎々しげに言った。

ややこしくなった、という感じだった。

しかし調査をするなら確かに二人だけは少ないというのも、事実だろう、男手おとこでであることに違いはない。

雀荘メンバーの二人は、研究室の手前までついてこられる―――。

研究室の中には、企業の情報などもあるだろう、簡単に一般人に見せていいものでないのは理解できた。


――――――――――――――――― 


大東雅だいとうが製薬と、石材に立派な文体で社名が彫られていた。

誰もが知っている大手製薬会社だった。

そこを、門を素早く通り過ぎる。


例によって、駐車場付近は死体が転がっていた。

そういう点、そういうところは、大手だろうが中小企業だろうが関係ないらしく、現場に容赦はなかった。

腐った身体を持つ被害者たちは、何匹も彷徨っていたが、鉄パイプで頭部を殴る。

数は多くないのが助かった。

三匹、倒したが、まだその身体はぴくぴくと動いていた。

動きが鈍いなりに、僕らを倒そうと、まだ近付く意思を見せた。

姿勢を戻せない―――立てはしないらしく、僕は攻撃をやめて、後ずさる。


「頭か………!」


頭が弱点なのはわかっている、もう―――鉄パイプで殴ればかなりの損傷を負わせるし、どうやら原因不明だが筋力が強くなっている僕がやれば、頭部を変形させる一撃となっていた。


阿部博士と雀荘の二人を見る。

製薬会社の入り口で、電子ロックらしきものが開かず、彼女はカードキーと、稼働していないドアを睨んだ。


僕は、他の出入り口はないかと尋ねる。

彼女は、窓を見る―――割れた窓を見る。

既に、律儀にドアから出入りする世界ではなくなっている。

研究室近くの窓を鉄パイプで割る。

そこから入っていくことにし叩き割る。

まるで泥棒のようだ―――コンビニで飲み物を手に入れてお金を払わなかった経験を持つ僕は、それも思い出して、わずかに罪悪感が沸くが、もはやどうしようもない。

こうするしかなかった。



建物に侵入は出来たが、あいつらが来るかもしれない―――危険なのは仕方がないだろう。

電気はいつ復旧するのだ、生き残っている人間がいるのなら、いつかは復旧すると思うが。


廊下を歩いていく。

職員たちの死体が、いくつかあった。


「―――帰ってくると、言ってあったのだけれど―――」


阿部博士は呟いた。

全員、無言になる―――沈黙が一層深くなる。

ここもやられているのか。

病院という無事な建物があったため、前例があるため、もしかすればという気持ちはあったのだが、この製薬会社も、どうやら希望を持てない。

阿部博士にとっては通いなれた場所であるはずだ、気持ちは察する。


「海老沢君、ここから先は二人で行きましょう?」


研究室の前までたどり着いた。

一同は、それでも目的地にたどり着いた高揚感があった。

あまりうろうろしないように―――感染者が出ないとも限らないわ、とだけ彼女は言い、まず研究室に入る。

僕も入る―――この研究室内で襲われる可能性もあるのだから最後まで行くしかない。

博士が被害にあったら最後の希望も絶たれてしまう。

雀荘の二人は、ここで待つことにするが、ここも足元に死体や検査品が転がっているから、ひどいものだった。




―――――――――――――――





二人で入ることとなった、研究室内。

その部屋はしっかりと設備が整っていた―――というのは普段の様子はわからないから大まかな感覚であるのだが、『被害者』達が暴れた様子はないようだった。

長机にビーカーやガラス管に似た、研究用の―――僕ではよくわからない用品が並べられていて。

パソコンのような精密機械も、壊されていない。


彼女の後について行く。

彼女は奥にあった試験管―――そう、僕も理科の授業は受けたことが有るから、それはわかる―――試験管の前で立ち止まった。


「ここで―――研究していたんですね」


僕は、こんな時になんだが、初めて入った製薬会社の研究室という場所に、興味をそそられた。

社会見学の時のような、いつもとは違う空間―――新鮮な気分だ。

将来こんな職に就きたいと思っていた者とはかけ離れているが、しかし普段は決して入ることができない場所だろう。

置かれている器具のデザインから、知的な、美しさのような印象も受ける。

研究室なので、データを記載する紙もあった。

研究機材とともに机上にある

その書類には、活字でこう、印字されていた。


A-To-Zombie仮.


他にも文面はあったのだが、不思議と僕の目に焼き付いたのは字のフォントが他よりも大きいから、というだけだったのだが。

………エー、トゥ………うん?

英語の授業ではおそらくやらなかったスペルだが、習わなかったが―――、何と読むのだろう。

自分の記憶内から考えても出てこなかったのは不勉強なためか―――、僕は再び、彼女を見る。

僕は阿部博士に向き直る。

見れば、彼女は自らの手首に、注射をしていた。

机の上の機材から取ったのだろうが………。


「うん?これ―――ええ、もう少し待っててもらえるかしら」


彼女は言いながら、注射針内の黄色い薬品を、体内に注入していた。

僕はそれを見ている―――なんの意味があるのかと思いながら見ていた。

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