第29話 逢野将史 2
結局、その赤い自販機に残っていたのは、『売切れ』と表示されていなかったものは、少数の、飲んだこともないような、新製品なのかどうなのかもわからないものだけだった。
自分が普段迷いなく選ぶようなものは、無かった―――。
―――まあ、残っているだけありがたいと思うべきか。
何故売り切れているのかと、少し考えたが―――やはり買っていった者たちがいるのだろう。
買っていったものたち。
皆、考えることは同じか。
救助の見込みがないからな―――この状況。
災害時と大差ない。
『あいつら』はない―――あいつらが買っていったのではない。
あの気を失ったまま歩いているような連中が、財布から小銭を出して料金を挿入する場面が浮かばない。
浮かんだとしても壮絶なギャグだ。
―――がこん。
350ミリリットルの飲み物であることには変わりはない。
とにもかくにも俺は出てきた飲料『ファンタスティック チョコメロン味』という炭酸飲料を取り出した。
しっかりと冷えている飲料だ。
それをまずひとくち、飲んで、歩き出す―――。
死臭漂う町を。
なんにせよ、もう少し町の様子を見ないと、あいつら待機組三人に、外出してきたとは言えないだろう。
それにある程度の量が無ければ―――飲料水も。
店に行って、ある程度まとめ買いをしなければならない。
コンビニの一つにでも入らなければ。
顔をしかめたのは、飲み物の甘さからだった。
チョコメロン味―――チョコと、メロンか。
甘い―――甘っ!
いやいや、甘すぎだろ、俺は水分が欲しいのだが、こいつは糖分メインだ―――。
思わず水を求めるような甘さだった。
水はなかったが。
ええい、とにもかくにも、まだ歩こう。
そうすればどこかに水だってある。
そう考えて店を探しているが、そもそも俺はこのあたりの地理に詳しくなかった。
自宅は隣の隣の市だ。
しかも雀荘に来ることが主な目的だったので、それ以外の細かい道は知らないのだ。
ここに―――あの『四風』に通い詰め、たむろする様になったのは、いつ頃だっただろうか。
まあ―――紆余曲折はあるが。
いくつかの店をふらふらと彷徨い、そのうちに流れ着いて、おっさんばかりでなく、割と自分と同年代の奴らが多かったのが理由かもしれなかった。
定住した理由かもしれなかった。
住みはしないものの、昨日はついに一泊してしまった。
帯金、檜垣、竹部は―――せいぜい二十代前半あたりだろう。
その割にはえぐい打ち方をしてくるのだが。
メンツもそうだが、麻雀以外に接点のない、知り合いというほどでもない連中といるのは、どこか安心できた。
知らん仲で安心するというのもおかしな感覚だが―――。
皆やることは卓を睨むか煙草を吸うかぐらいなので、気が楽なのは間違いなかった。
ああ―――知っている奴らがやればよかったか。
知っているやつら、つまりこの辺りの地理に詳しい奴が外出する。
そういう話にすればよかったか―――と思いついたのが今だ。
完全に後の祭りである。
それはそうとして、外出するのは一人にしよう、四人ではなく一人にしようというという意見を最初に出したのは、俺だったりする。
外出は一人。
理由はリスク回避。
外出して四人とも噛まれたら
噛まれた場合の事から考え始める。
最悪のパターンから考え始めるのが、何とも言えない俺らしさで、あまり人に進められる思考ではない。
話したい内容ではない。
臆病な意見だ。
竹部などは、複数人の方が対処しやすいのでは、とも言っていた。
『あいつら』が一匹襲ってきたくらいなら、遭遇したくらいなら、囲んで倒すこともできる。
動けなくするなり、やりようはある。
有利に戦えるのでは、とも言っていた。
協力してしなければできないこともあるだろう。
確かに、今となっては―――俺が一人で歩く羽目になった今では、心細いから誰か欲しいというのは、思う。
結局は、下手に四人で動いたほうが『あいつら』に見つかりやすいという考えで、少人数にしようとなった。
まあ―――今更考え直しても本当に後の祭りなのだが、どうしようもない。
それよりあの半荘の、あの勝負の敗因を考えた方がいいのだろうか。
どこでミスをしたか。
そうこうしているうちに、俺は道行く先に動く影を見つけ、すばやく電柱の陰に隠れた。
隙間からそれを見る。
この動作も四人で外出したら難しい行動である。
四人ならば到底不可能な行動である。
一体の『あいつら』―――病気にかかった、ウイルスに侵された人間が、のし、のしと歩いて車道を横断していった。
歩く動作が爬虫類を連想させた―――すでに人間離れしている。
視線はややうつむきがちで、横顔がぼさぼさの髪で隠れつつある。
前をちゃんと見ずに進んでいく様はスマホ歩きをする一般人に見えなくもない。
………いや、それともまた微妙に異なる危なっかしさだが。
喉や胸のあたりに赤黒い血がこびり付いた女だ。
足に紐がついていて、何かを引きずっている。
かなり汚れていたが、それは靴だった。
俺も学生の頃は上履きの踵部分を潰して履いていたが―――いや、関係ないか。
そうして、その女だった者、は通り過ぎ、塀の向こうに見えなくなった。
俺はそこから遠ざかる道に、変更する。
出来るだけ避けて歩くしかない。
足元にある死体にもうかつに近寄れない。
死体。
そう、動かない死体。
それはまるで、大雨が降った翌日の朝に、道路に散らばっている落ち葉のように日常と同化していた。
道に落ちている、ものだった。
流石に落ち葉ほど多くはないが―――たまに大きな枝が折れて、道に落ちているんだよなあ。
そういった頻度だった。
俺は改めて、その死体から距離を取りつつ、進んでいく。
近付いて精察するわけにも―――いかないだろうな、動くかもしれないし。
俺は祈った―――祈りながら歩いた。
死体が動きませんように―――と。
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