第30話 雀荘の三人
「―――逢野の奴、大丈夫かなあ」
雀荘「四風」では、いまや四人ではなく三人で卓を囲んでいた。
檜垣に対して、帯金がぼやく。
「なんなんだ、行くか、行きたいのか外に。お前もさ」
「そうじゃあないけどさ―――心配じゃあないか、やっぱり―――」
おっと、まさかそこまで人の心がないのかと非難めいた視線を向ける檜垣。
帯金は普段なら笑うことが多い人間だが、優しい言葉など出さずじまいだった。
「あいつはあいつで、一人で行くって決めたんだろう」
竹部がスマートフォンを操作する―――現在の時刻だけを確認し、すぐに電源を落とした。
午後一時を回っていた。
結局、昨日はかなり遅くまで打っていたので、起きるのは遅くなった。
カーテンやバリケードがわりの卓、机の隙間から日光が差し込んでいた。
「あいつは冷静だよ―――外出は一人でって言われた時はびっくりしたけれど、まあ四人とも襲われに行くのは馬鹿ってもんだよな」
食糧を取りに行くだけなら、可能だろう―――と竹部。
「仮に振り込んでも一人が跳ぶだけなら安いって判断した―――、みたいなことだろ」
どうしても麻雀の用語が出てきてしまう帯金。
「あー、あいつらしい、っちゃぁ~~~あ、らしい、な」
記憶を辿りながら返答する檜垣。
いつかの半荘での様子でも思い出しているのだろう。
「まあ、心配はしてねえよ、ていうか俺、あいつのこと嫌いだし………この前あいつのドラ5に振り込んだときに、あいつ、しこたま笑いやがった」
「ああ―――」
「あれは、ね………」
くっくっく、っと二人とも静かに歯を見せ、笑いだす。
口元だけは外で地面を睨んでいる連中と同じだった。
あの勝負は傑作だった。
大逆転で喚いたあいつが大声を上げたから、他の卓から覗き込んでくる者もいたくらいだ。
驚くほどのドラマが時には起こる。
笑うだろう、あれは。
「クソゲーだなっ!」
ひがむ檜垣はそのままぶつぶつと悪態をつく。
駄目だなあれは、そもそもドラという要素が駄目……ドラは禁止にすべきだ。
このゲームの欠点でしかない。
「はい、お前らサボんなぁー、牌を混ぜろぉー」
じゃらじゃらと、男三人で卓を囲んでいる。
外出係を決定した際、三人は衣服を脱いで逢野に預けていた。
だから肌の露出が多い。
室温は決して低くはないので命の危険はないが、仮にこの事件が真冬に発生いたらと思うとぞっとする。
むしろ、暑い……この部屋は蒸している。
徹底的に出入り口や窓を塞いだことが、効いている。
「今―――入ってきたらどうしようもないんじゃないか?」
帯金が呟くと、二人の手が止まり、固まった。
「なんでそんなこと言うんだよ」
「ううん?俺は思ったことを言っただけだが………」
「入ってきたら何とかしろよ、お前が」
「あー。努力はするよ」
奴らの侵入に対して出来ることなどどれほどあるだろう―――何か武器として使えそうなのは掃除用具の中のモップぐらいか。
それよりまず、バリケートを抑えることに力を使いたいが。
ろくなものもない―――バリケートに何か使えそうなものをホームセンターからとってきて欲しいとすら思う。
そこまで行くと逢野一人では無理だが。
いずれにせよ、遠出するときのことも考え始めてよいかもしれない。
「車で行くか」
「あああ~………」
提案を言って、反応はあった。
帯金の車がある。
この状況では本当に心強い足だ………だが、それでも迷いはある。
車での移動は確かにリスク軽減だ。
だがたとえ車でも、本当に安全に移動できるか疑問である。
「本当に行けるのか?だって道がヤバいぜ、道だってヤバいぜ」
昨日に比べて叫び声の頻度は減ったものの、それでも雀荘の周囲の道に、あいつらの気配は感じる。
道には大量の死体が蠢いているはずだ。
あれからひと晩経ったので、その散らかりようは想像に難くない。
「それにだ――この格好で行くのか?」
竹部はパンツ一丁で言った。
雀荘「四風」では半裸の男しかいない。
見ようによっては、男だけで脱衣麻雀をやっている
頭のおかしい集団。
荒廃した屋外とはまた、違う意味で地獄のような光景、恐怖である。
しかも慣れない
外出係に衣服を預けたことを、少しだけ後悔する。
が―――やってしまったことだ、済んでしまったことだ、仕方がない。
必要なことだったはずだ。
別の手段を考えなくもないが、この雀荘には、道具が何でもあるわけではない。
「うーん流石に、ちょっと迷うな」
「ちょっとじゃーねえだろ―――、かなり、迷うだろそこは」
まあとにもかくにも、外出係、逢野待ちだなという結論に至る。
何か進展と、新しい情報も持ってくるかもしれない。
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