第38話 病院 2 調査へ




海老沢と阿部博士が、廊下で二人で話していた。


「何か言われた?」


「色々と―――驚かれました。血液検査は受けましたけれど―――先生、僕はもう、病気にかかったんでしょうか?」


「先生じゃないわ。製薬会社で研究してたからこの病院とは縁もゆかりもないわ」


「はあ」


「海老沢くん、だったわね―――あなた、製薬会社についてきてくれないかしら」


「えっ」


「実は用事があるのだけれど私は色々あって、この病院の人たちに頼られている状況なのよ、医学的知識があるのに変わりはないだろう、と言われて」


彼女の状況は複雑そうだ。

そうか医者ではないのか、白衣を着ているから医者だと思っていたが、そう思うのは自分が素人であることの証明なのかもしれなかった。

実際、何もわかっていないようなものだ。

自分が今、こうして話していることも、何故普通にできているのかわからない。


「しかし、あの―――この病院を出る事は危険です、無闇に出歩かなくても―――」


わかっているはずだ、と目で訴えかけた。

しかしそれと同時に、過去の記憶がよみがえった。

あるのだ―――僕には、出る事は危険だという事がわかっていて、わかっていながらも、リスクを承知で外出したことが―――海老沢少年にはあった。

走り回ったことが、あった。


「確かに女一人じゃあ、厳しいわね」


「そ―――そうですよ


いや、女じゃなくても―――この事件は、起こっていることはそんなレベルの問題ではないのだ」


「だからボディガードが欲しいのよ、あなたの筋力を見込んで」


「………」


「あなた、その身体と、血液」


「違います、これは―――僕は、たまたまで、たまたま生きていて、自分でもよくわかっていないんです」


「自分は感染しているかもしれない」


「………!」


「いい―――?私は製薬会社で研究をしていたの、ウイルスも当然取り扱ったわ、友達はウイルスしかいなかったの、そんな研究職よ」


だから、と彼女は海老沢を見て微笑む。

自信がある―――ように見えた。

少なくとも知る方法があると。


「あなたの身体のことも―――わかるかもしれない」


「僕のこの身体のことが―――わ、わかるって、調べるんですか」


「防護服の二人は、無理を言う私についてきた―――、そして死んだ」


「………ぼ、ぼくは」


「あなたは対抗できる力を持っているわ」


僕の身体に起こっている異変。

昔とは違う自分の身体。

それが目の前の専門家の女性になら、わかるという。


そして、これは言いはしないが不安だったが、自分の中に混乱があった。

僕はこの病院の中にいてもいいのだろうか。

みんなと一緒に扱われていいのだろうか。

噛まれたのに。

いや、言わなければ――――なんとか。

いいや、僕の身体を見ればごまかしがきかない。


「………どうしても外出をするんですか、ここで救助を待つのでは―――」


「食料はヘリコプターで来るという話よ」


「それなら、大人しく待っている方が得では」


「ウイルスのことを知らないままでは、ずっとこのままよ」


僕と、その女性の二人が、出ていくだけなら、被害は少ない―――ここの病院で防衛して、耐えている人たちに迷惑はかけない。

むしろ残されている人たちの食料の分け前が増える―――という事すらある。

僕等のことは、死にに行くなんて馬鹿な奴らだ、と思われるだろうが―――それ以上はない。


「調べに行くんですね、そこに行けばわかると」


「ええ―――というよりもこの病院では駄目よ」


「駄目というのは」


「設備が―――いえ、立てこもって患者の治療という点ではいいのだけれど、ウイルスの解析などの部屋がある辺りはもうやられているわ、シャッターで封鎖したけれど、感染者がうようよいる。だからもう駄目なの」


この病院は広い。

自分が通っていた高校よりも―――さらに広いし知らない。

勝手口から履いてきたときは安全地帯に思えていた病院ではあるが、この広大な敷地内の、いくつかの病棟、建物はあいつらに支配されているらしい。

まだすべてを見て回る暇などはないが。


「ウイルスのことがわかれば―――何とか、できるんですか」


「改善の余地があるわ」


「あいつらの弱点が―――わかったり」


「………そうね、ありえない話ではないわ、ワクチンも」


「ワクチン―――ワクチンって、えっ―――じゃあ、治るんですか?」


ワクチン。

治療法―――治療薬、もちろん詳しくは知らないけれど、ウイルスに対抗できるもの。


「確定ではないけれど―――いずれ作るなら早い方がいいわ」


そんな発想は普通科の高校である僕にはない発想だった。

だがワクチンの接種など、ニュースなどで聞いたことが有る、国が行っている事実ではないか。

全くの荒唐無稽な話ではないし、目の前の博士と呼ばれていた女性に、今は頼る―――これは、間違っていないと感じた。

素人の女性が言っているわけではないのだ。


「もう一つ、いいですか」


「なあに」


この病気に詳しいと思われる彼女に対し、欲張りかもしれないが、聞きたいことはあった。


「この病気―――被害者が襲い掛かってくる病気―――ですけれど、お聞きしたいことが有りました」


―――全員が『病気』にはならないの!


「かかっても、その症状にはいくつかあるって、帯金おびがねさんたちも、あの雀荘の人たちも不思議に思っていたんですけれど、全員が症状が出るとは限らないんですね、無事な人もいるんですね?」


「………それについても、わかることは増えるわ」


覚悟を決めなければ。

どのみち、被害者に『噛まれた』身だ。

もう怖いものなどない、という心境はある。

強がりだろうか、いやあながち間違ってもない。


「やらせてください―――僕がついて行きます、あっでも―――あれ」


「なあに?危険だから、辞めてもいいわよ、私が一人で行くことになるけれど」


「ええ、怖いですよ―――でも、だから、あのう―――」


僕は聞いた、それがないとたぶん死ぬのだ。


「鉄パイプ、ありません?」


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