第44話 製薬会社へ 4
「―――おい、誰だお前たちは!」
逢野と檜垣に声をかける男がいた。
それは初めて聞く声だった。
すぐ振り返った二人は、最初、その黒い防護服の男を見て、驚きを隠せなかった。
その服は、見覚えがあるものと同一形態であった。
特殊部隊のようだ、と表現したが結局は違う、SWATでもSASでもグリーン・ベレーでもない、あの―――黒い防護服。
だが男がヘルメットを外して顔を出すと、全くの別人であった。
荒川と樫が実は生きていた、というわけでもなく、幽霊が出たわけではなかったのだ。
だが俺たちの動揺は続いていた。
自分たちはここの職員じゃあないが、どうやらこの防護服の男は職員のようだ―――。
男は訝しげに二人を観察する。
「おお―――どうやら、『感染者』じゃあないようだが、勝手に入ってきたのかね、君たちは」
男はそれだけ言うと、胸の前で腕を組む。
泥棒を見つけたときの目つきではないだろうか、自分を見るこの目は―――好戦的ではないらしいが―――。
彼から見て感染者じゃあないにしろ、侵入者だ、俺たちは。
だがこんな事態だ、彼も即座に追い出しをすることはなく、話は続いた。
「ああ―――俺らは、その、博士の付き添いで来たんです」
「
怪しいものではない、というふうに示すために背筋を伸ばす。
あの時のように二十二世紀型ファッションではない、普通の二十代の若者の服装だ、ちゃんと話せば伝わるだろうと逢野は踏んでいた。
一方、職員らしき男は、顔つきを変えて、呟く。
「阿部博士………か、彼女が来ているのかね?」
顔色を変える防護服の職員。
「ええ、女の方です」
「どこに?」
「研究室の中に入って行って………!」
言ってから、どうやら素直に教えてしまった、素直すぎたと思った檜垣であるが、それを押しのけて防護服の職員が研究室に入っていった。
「良かった!生きていたのか!」
と叫びつつ。
この行動が間違いだったと知るのは、良くなかったと知るのは直ぐの事だった。
―――――――――――――――――――
「あの………博士?」
僕は書類の意味はわからなかったものの、
「―――ああっ!」
研究室に入って来た男がいた。
黒い防護服の男である。
僕は身構えるが、どうやら『被害者』ではないらしいと思った。
ヘルメットを着けていないから顔はわかる、中年の男だがこの防護服は―――。
「阿部
ひゅっ。
―――と、僕の背中側から人間ほどの大きさの白い物体が飛び、人のよさそうな笑顔の中年男性に、飛びかかった。
飛びかかった―――いや、衝突したというべき、威力。
白衣の女性は、その中年男性の首を掴む。
掴んで―――床に叩きつける。
男は呻き声を出した。
「あぁあ………?」
男は床から壁に叩きつけられ―――そのまま首を絞められた。
見る見るうちに、顔が赤くなる。
奇声と共に、口から赤いものが飛び出し始めた。
「―――や、やめろ!やめろォオ!」
僕は声を上げながら走り出して、白衣の女性の身体を掴む。
白衣を掴んだが強力な力で、僕は吹き飛ばされた。
長机の上にぶつかり、そのまま研究機材を床に落としながら滑っていく。
なんだ、この力は。
研究機材のガラスが砕けていく。
机で仰向けの姿勢になり、試験管やビーカー類の破砕音の中で、僕は呻く。
僕は立ち上がりながら、気が動転して、なんと言えばいいかわからなかった。
痛みは思ったよりも少ないが、僕の身体が、こんなじゃあなかったら、大けがをしていただろう。
白衣の女性が振り返る。
普段から研究室にいたのだろう、日光に当たる機会が少なかったのだろう、白い肌。
その肌に、黒い血管がくっきりと浮かんでいた。
白い肉体に、黒い葉脈のように、浮かび上がっていた。
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