第6話 海老沢譲司 4


「周防さん――は、どうしてここに来たの」


海老沢は部屋の電気を、蛍光灯スイッチを見つけ、呟く。

部屋の中は薄暗く、周防さんはよく見えないのだ。

海老沢の内部で、不安が増す。

小屋に備え付けられた―――かろうじてつけられていると言った風な、三十センチ四方の窓。

それが小さくて、夕暮れの光がほとんど差し込まないものだった。


まあこの状況において、窓が小さいというのは悪い話ではない。

侵入される恐れが少なく、つまりメリットだった。

部室はサッカー部部室だが、当然のことながら、ここで部活は行われない。

物置として機能しているのだから、日光を取り入れる必要はないのだろう。


ぱちり、と指で電気をつけた。

この時代ならLED照明も普及しつつあると思うが、このおんぼろ小屋の蛍光灯は、何度か点滅を繰り返しながら、部屋を照らすに至った。

息も絶え絶え、と言いたげな緩慢な動作だった。

それなりに年代モノらしい。


そしてクラスメイトの周防恵のいつも通りの制服姿が、海老沢の前に現れた。

彼女は窓枠の下に座り込んでいて、少し、カーテンを握っていた。

姿勢からか、いつもより小さく見えた


「えっ!ちょ、ちょっと海老沢君、なんでつけてるの!」


「え………」


「電気、消して!見つかっちゃうでしょう!」


彼女は身振り手振りで外を示す。

彼女のいう、見つかるというのは、それは『感染者』のことだと悟り、海老沢は、あわてて電気を消した。

古い年代モノの電球は、消すときはあっさり消えた


「何で目立つことをするの!」


「………あ、いや」


理由を問われてしまえば、この部室の状況がわからなかったからの不安。

ややビビっていた節がある

電気をつければ寄ってくる、のだろうか―――感染者は。

その発想はなかったが、確かに念を入れる場面だ、うかつだった。


「ああ、うん、なんていうか………見えなくて」


見えないもの、知らないものは不安だ。

海老沢は少し迷い、今度はまたドアの方を見る。できればずっとドアを見ていたい気分だ。

ドアこそが重要である。

今のところ、激しくノックされてはいない。


海老沢の左手がかつん、と小さくカゴにぶつかった。

ボールかご

それをドアの前に置き、バリケートというか、重石にはできるかと思った。

足にキャスター付きのそれを動かし始めてから、これでは駄目だなと思い直し、周囲を探す。

簡単に動かせるし、入っているのはサッカーボールだ。

重いわけがない。

周囲はやはり暗いからよくわからない………作業は難しそうだ。


ドアの前に腰かける、そして背をドアに押し付ける海老沢。

自分で塞ぐしかない。


「これで…………たぶんすぐには破られない、けれど」


言いながら不安になる。

海老沢は、きゅうに汗が噴き出してきたのを感じた。

制服の下のシャツが気持ち悪く湿る。


汗が沸いてくるのは。

走り終わってからなのだ。

恐怖、不安のせいもあったが、この部室に来る前まで全力疾走していたことを思い出した。

汗とは、行動が終わってから出るものだな、なんでだろう。


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