第24話 学校へ 3
頭上に、開けた口がある。
仰向けに倒れている僕に向かってくる赤黒い口腔内、それでも歯は白い。
動物の牙ではない―――それよりも今危険な、この人間の、前歯!
---がちん!
と、奴の噛み合わせの音。
次いで嗅ぐだけで眩暈がしそうな臭いが迫る。
奴の生前の名前はいまだにわからない―――左胸の名札があるべき場所は、ちぎれた形跡がある。
僕は身をよじって、何とか避ける。
人間だった者の前歯をよける。
奴の顔面や前歯が、地面にぶつかった。
ここで、首を、つかみ取る。
首を、右手で持つことに成功した。
僕はこの『男子生徒だった者』の首を、力いっぱい押し返す。
押し返す―――。
奴が苦しんでいる様子はない、僕は左手も、奴の首を掴み、両手で押し返す。
この野郎、こんなになってしまっても―――何でもやってくるわけじゃあ、無い。
自分の首に食い込んでいる指には、噛みつけないようだ。
奴は両手を使ってきた。
絞まっている首を外すのかと思ったが、お構いなしに僕の頭部を掴んできた。
「ぐっ………!」
両頬に指が食い込んでいく。
痛い―――が、激痛というほどではない。
しかし腐食した奴の指からは、現在も血がにじみ出ていて、僕の頬に垂れ流れ始めた。
なんて奴だ、指が壊れかけている。
マウントを取られた体勢で、状況は
ただ首を絞め続けていればいいという話だと思った。
そう思ったが―――不味い、出血量が多い。
僕ではない、奴の出血が―――多い。
首が特に、血でぬるぬるして―――。
絞める指がずれ落ちる。
熟したバナナを握っているような感触だ。
離すわけにはいかない、逆の手で締め直す。
奴の口元から血液が落ちて、地面にはねた。
僕の耳に跳ね付く。
それを何度か繰り返しているうちに、変化が起こった。
奴が横から殴られた。
頭を、木の棒で殴られた。
奴の後方、背中側に立っている人間を、よく見えなかったが、制服のスカートの裾が一瞬、見える。
「―――周防さん!」
もう一度周防さんは奴を殴り、奴は勢いよく地面に倒れた。
部室棟のドアは空いている―――出て来たのか。
「閉めろって、中に入って!」
思わず僕は悲鳴を上げる。
ここでもしもあんたが噛まれたら、僕は何のために水を持ってきたんだ―――。
「早く海老沢くん!」
彼女は僕を起こそうとする。
嬉しさと、それはいらない勇気だ、という気持ちがごちゃ混ぜになった。
彼女は僕の腕を掴んだ。
それはいいが手のひらとなると、血まみれだった。
なんとか立ち上がるが、奴も体勢を立て直そうと、起き上がろうとしているところだった。
僕はなんとか起き上がり、周防さんの背後に恐ろしいものを見た。
二体、いる。
二体、シャツを血でべっとりにした奴らが走ってこちらへやってくる。
数メートル先だ、どこから―――来た?
いやそれどころじゃない。
増えたら―――厳し過ぎる、気づいていない周防さん。
僕は周防さんの身体を突き飛ばし、サッカー部室の中へ吹っ飛ばした。
僕も部室内に滑り込む―――、暗闇の中へ。
そしてドアを閉めるつもりだった。
だが勢い余ったのか、左足一本を、ドアに挟んでしまった。
僕は左足だけを外に出し、部室内に倒れる。
妙な倒れ方をしてしまった、全身を打つ、痛み。
しかしドアの方は向かないといけない―――向いて、足を引き入れようとする。
挟まっている。
ドアは向こう側に、開く。
もう少し開かなければ、足を入れられない。
「はやく!」
「足が―――挟まって―――」
誰かが押している、ドアを。
誰か―――決まってる、あいつらのうちのどれかだ。
誰だよ、結局。
「くそ………おっ………押してる!」
その時、足首に激痛が走った。
「あっ、ああああああ………!」
足の肉に刺さっている感触がある。
足首を―――噛まれた。
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