第27話 雀荘の四人 真剣勝負 2



「ツモ。アガリだ―――」


「ぐああああああああっ」


「はあああああッ、生き残ったああ―――!」


「ふ………ふふ………ふ!」


勝敗が決した雀荘の四人は、四者四様の反応をみせた。

感情が解き放たれ、喜びと落胆と、安堵と―――あとはひたすらの疲弊、疲労。


小柄の帯金おびがね

首が長い、すらりと長身の檜垣ひがき

一番大柄の竹部たけべ

そして声を上げて頭を抱えた敗北者、逢野おうのは標準体型に近い。

この勝負には、四人にとって大きな意味があった。


この泥試合の点数結果も意味はあるが、この四人の体型にも大きな意味があった。

体型というよりも、より正確に言うならば着ている服である。


「フン―――それじゃあ、やりますか」


まず、竹部が脱いだ。

おもむろに上着を、脱ぎはじめた。


「ほれ、着るもの選べ」


逢野は元々はいていたスキニーパンツに、一番図体ずうたいが大きい竹部のジーンズを、重ねて下半身は二枚重ね。

一方上半身はというと、全員のTシャツ、つまり四枚をすべて着て、さらに皮のジャケットとパーカーだ。


「動きづらい………がなんとか歩けるぜ………歩けるか?うん」


色んなものを重ねて、その衣服はかなり分厚くなった。


「ようし、あとは―――手袋があった、ボロボロだが、これも無いよりはましだろう」


「これで頭以外は完ぺきだぜ」


「『肌が見えるところ』を全部隠せ。あいつらに噛まれても平気なようにな」


一連の奇行の目的は、それであった。

肌が見える部位を保護する。


―――防御力。

外出時に『あいつら』に見つかったとしても―――万が一、追いつかれたとしても。

終わりではない、噛みつかれなければいい。

たとえ噛みつかれても―――噛みつかれてそのキズが肌に達することがなければ、何ら問題はない。


血が流れなければいい。

血が触れなければいい。

そういった理屈はわかる、わかるし、そもそも理屈というほど、複雑な事でもない―――。

非常に原始的な防衛手段だ。


「血が流れなければいいっていうのは―――、本当に大丈夫なのか」


だからといって怖いものは怖い、逢野。


「―――やらないよりマシだろ」


その考えのもと、かなり努力した方だろう。

対策をして、外出する。

四人を代表し、彼に防御力を結集する。


「あとは首だな―――オイ、首に何か巻かないといけない―――マフラー落ちてないか?」


雀荘内をキョロキョロと見まわす檜垣。

そういえば彼ら以外の忘れ物―――衣服、上着もないかと探す。

コートを羽織るような季節でもないので、目当てのものは見つからなかった。


「この季節にそんなものがあるかよ………とにかく何かを巻くんだよ布っぽいものを、首に」


逢野、装着。

雀荘のどこかにあった、白いおしぼりを何枚か縛ってつなげて、逢野に手渡す。


「お手拭き巻くって!? こんな時にそんっ……やるのか?本気かよ」


「布だ、これも巻け、巻け―――」


それは服装というよりも、巻けるものをすべて巻き付けたとでもいうような状態だった。

関節部などはエジプトのミイラなど連想させる。

そうして完成した『作品』を雀荘で待機予定の三人が眺める。

壮観だった。


「なんてセンスだ。完璧だな、どうやら―――二十一世紀の世の中の最新型ファッションだ、いやさ二十二世紀だ」


「流行最先端だ。うっわぁ惚れるぜ。俺が女だったら確実に惚れてるよ。キャーカッコイイ~~~ッ」


「出れるぜ逢野、これはパリコレに出れるぞぉ―――それと、なんだっけ、ブロードウェーか、よく知らんけど―――そうだコミック・マーケットに行けよ、コスプレが出来るぜ」


「お前ら覚えておけよ―――あとふざけんなよ、どうやら命懸けだぜ、俺」


防御力に全振りした服装。


「遠征する係」は麻雀で決めた。

半荘はんそう東南トンナン戦の一発勝負。

死闘の末に、逢野は四着ラスを引いた。

勝敗が確定した瞬間、三人は深い息をついた。

魂をかけていた。


引きツモが悪すぎた………」


引き攣った笑いを消せないままに、逢野は立ち上がる。


「言い訳かよ、情けねえぞ―――ここは雀荘だ、点棒がすべてを決めるのである―――とか言ってみたりっ」


確かに雀荘である以上、麻雀で物事を決めることは自然な流れであるし、ラスを引いた逢野は決して他の三人に比べて経験年数が少ないわけではなかった。

実力差は、あくまで体感では、竹部か帯金が一番強いとのことだったが、大した違いはない。

麻雀という競技の性質上、実力よりも運の要素が大きい。


どんなに打っていても、たったの数局に限れば。

この盤上遊戯が運に強く左右されるという要素、性質。

それを消しきれるわけでなく、しかし何故それが今日、今なのだ―――と叫び出したい逢野。

まあ、今日のような内容で『賭け』をするとは、通いなれた彼らのうちの誰も想像していなかったが。

想像できるわけもない。


だから精神力という要素も大きく絡む。

極めてあやふやな、形を持たないもの。

つまり、命がかかっている状況で、冷静な思考の下で牌を選択できるか。

それらの要素すべてを含め、今回は死神が逢野の肩に手を置いた。


「………言い訳じゃない、敗因を分析している。いわば素直な感想だよ」


「お前は飲み物を取ってくるという、重要な使命がある」


雀荘に、スナック菓子などの軽食の類はあった。

しかし水道は停止していて、飲み物に関しては不安が大きい。

外に出て水、食料の当てを探す。


そして、可能ならば警察や病院関係者などの助けを連れてくる。

連れて来られなくとも、この建物に四人避難して助けを待っているという事を、ちゃんとした機関に伝える。

やらなければならないことは多い。


『生き残った三人』がどこか安堵の笑みを浮かべているのを見て、苛立つ逢野。


「まあ、雀荘ここにいたって、ずっといたって、別に安全って決まってるわけじゃないからいいけどよ」


恨み言が口をついて出る。

恨み言というか、せめてもの罵詈雑言のような。

その逢野の発言も確かであった―――ここは決して頑丈な建物ではない。



「なあ、合言葉はどうする?」


という逢野の呟きに、他の三人が首を傾げる。


「このドアを開けたとき―――俺じゃあなかったらマズいだろ」


俺じゃない、あいつらだったらマズいだろう。


「それは―――ふむ」


帯金が考えて、言った。


「ノックをするだろう―――三回ノックで、どうだ」


特に考えも、大きな意味もなく言った。

俺たち以外にこの場所に入りたがる、『生き残り』がいるだろうか。

ひと晩経ってもまだ、外には生き残りがいるのだろうか。


「いいや、こうしよう」


逢野は三人をじろりと見まわす。



音を立てないようにドアを開ける。

外気は決して爽やかな匂いはしなかったが、密室でこもっていたここよりは、多少マシだった。

誰もいない―――あいつらが周囲にいないことを確認する。


「こうしよう―――」


外に出てしめるときに、ドアの隙間から目と鼻だけをのぞかせ、彼は言う。


「―――合言葉は『脱衣麻雀』」


きぃ、とドアを閉めた。


電気が点いていない暗い雀荘の中に、三人がいる。


上半身裸、チノパンの檜垣。

パンツにパーカーの帯金。

そしてパンツ一丁の竹部の三人が、取り残された。


帯金は頬だけを吊り上げる笑い方をする。

無言で、静かになったドアに鍵をかけた。


がちゃり。


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