第36話 病院へ 4

自分がなぜ生きているのかわからない、と言ったのは―――少年、

つまり海老沢譲司だった。


「僕は噛まれて―――ハイ、それは覚えているんですけれど、その後も追われたりして―――自分でもよくわからないんですが、『被害者』を相手しなければならない、外にいたら」


やや困惑している風な少年だ。

少年は『被害者』と言った―――『あいつら』のことをそう呼んでいるらしい。

彼の顔にあった紋様は、依然として、黒さがあるがかなり薄まって、普通の子に見える。

時間がたつと落ち着いたという事か。

あるいは俺の見た幻覚なのかもしれないが。


「噛まれた、のか―――?」


俺たちは驚いたが、だが少年は普通の日本語を話している。

訳の分からないうめき声ではない。

「早速ですけれど、この場所は安全とは言い難いです―――何体か、やっつけてはみたんですけれど―――」


そうらしい。

少年の手には鉄パイプが握られている。

それを武器としていつでも使えなければ、いけない状況だ。


「俺たちは病院に向かっている、そこに物資が来る」


高校生の海老沢は、俺たちの話を聞くと、その話に乗ってきた。


「行きましょう、そこに―――そこに行って治してもらうんです!」


「ああ、行きたいさ。けれど―――あいつらの大群が来るかもしれない」


「僕が、出来る限り倒すので」


「キミが、さっきみたいに、そのう―――」


「そうするしかありません、はい」


鉄パイプを持ち直すエビサワという少年。

俺たち四人は顔を見合わせる。

正直に言って不安が大きい―――初めて会った年下らしい謎の少年にまかせていくのか?

………だが、もうほかに俺たちを守ってくれる人間はいない。

防護服の二人のことは残念だ。

厳密には、やられてしまったとは限らないけれど、今は様子を見に行ける状況でもない。

どうしようもない。

目的地が病院であると告げてあるし、追いついてくる可能性は―――。


「ないわね、残念だけれど」


「………」


間違いとは、言いきれないが、言い返したい衝動が沸いた。

いや―――現実は。

いまここでは。


「………やっぱり病院に向かおう、目的地は変わらない。あいつらが集まってくる前に突破するぞ」


帯金も檜垣も竹部も、苦々しい表情で息を整えていたが、頷いた。









少年があいつらの頭部を殴ると、奴らは吹っ飛んだ。

二、三体まとめて吹っ飛ばすところを見て、ああ、これは明らかに馬力が違う、どんなトレーニングをしたらこんな動きができるのだろうと感じた。


「黒い………浮き出ている、あれは何だ?」


檜垣も海老沢少年の身体に気付く。

激しい運動中に、血管が黒くなる様子を見て、雀荘組は心強さと、畏怖いふを感じた。


「助かるけれど、なんであんなに―――そのう、強いんだあの子………」


竹部の疑問には完全に同意見だった。

理屈に合わないちぐはぐさを感じた。


「おそらくアレだろ、拳法とか習っていたんじゃあないのか?学生ボクシングの国内ランカーだったとか」


「身に覚えがないですね………」


少年は返り血をぬぐう―――拭き取れていなかったが。

ここまで浴びてしまって本当に大丈夫なのだろうか。


「ああ、僕に近づくのはやめた方がいいです、血が付きますよ」


「あ、ああ………」


「病院に向かうのはありがたいです―――僕も困っていて。知りたいんですよ」


僕の身体が、どうなってしまったのか。

そしてそれは病気なのか、治るのか。

と、言っている彼は、強そうでもあり、不安げでもあった。




――――――――――――――――――――





国立病院は、この辺りでは一番大きい―――いや、この県で一、二を争う大きさだった。

その正面玄関の付近は『あいつら』が集まっている。

だが侵入は出来ないようだった。

バリケードや、シャッターが閉まっている箇所もある。

どうやらそこは封鎖されていて。


俺たちは、事前にそう示されていたらしい、裏口に行き、ノックをした。

ノック三回ではなく、また合言葉も必要はなかったが。


裏口ともなるとずいぶん静かで、鉄製………金属製ではあったが、こじんまりした勝手口。

救急車が車庫内に見えた。

病院にたどり着いて入れてもらうには、本来ひと悶着もんちゃくあるはずだった。

簡単にいれてはもらえないはずだったのかもしれないが、阿部博士、白衣の女性が話を通したことで、早くはいれた。

早く中に入れたというというよりは、全然、遅すぎたらしい。


「一日遅いじゃあないか!心配したんだぞ」


「生存者がいたの、そうでなければ遅れないわ」


病院内の男は、白衣の女性と知り合いだったらしく、怒鳴りながら急かした。

君も、君も入れ―――と。

俺たちを中に入れた。


「うっ………!なんだお前は、血まみれじゃないか」


「あの、そのことなんですが」


「彼に検査を受けさせて、隔離も仕方ないとは思うわ」


「隔離?マジかよ、この少年は恩人だぜ?」


「ウイルスに、そんな恩人も何もないのよ。あなたたちも血液検査を受けて」


ついに全員が病院内に入ることができた。

金属製のドアを閉めた途端、院内の歓声のような声が大きくなったような気がした。

何十人―――いや、何百人だろうか、廊下の向こうから人の声が聞こえる。


白衣の女性と、どうやらこの病院内の責任者なのだろうか、と思われる男が話し合っていた。

かと思うと、その男が―――阿部よりはかなり年上に見える男が、つかつかと歩き、俺たちのもとへやってくる。


「診療室に来なさい、まず―――ああ、君達、喋れる?返事は出来るね?」


「はい」


「喋れます」


と俺たちは口々に呟く。

その男は看護師の一人に、声をかける。


「案内して!奥に通して!症状が出てない!」


大雑把な検査の後、その男は早歩きですぐに去っていった。

また別の看護師に指示を飛ばしている。

どうやら院内は安全かもしれないが、極めて忙しいらしい、火の車らしい。




「阿部博士!だから昨日あれほど言ったじゃあないですか、一日経ってますよ!」


なんでそんなことになっているのだ、そもそもは昨日のうちに戻ってくるように言ったはずだと、彼は言った。


「生存者は連れて来たわ、見つけたところで泊めてもらったの」


「………今はそんなことを」


「私は医者じゃあないわ、私は調査しに行ったのよ」


看護師さんは困ったような顔をしている。

昨日色々あったらしい―――が、そんな感情もかき消されるほどに、人々の声が多い。

避難した人が大勢集まっているようだ。

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