第33話 病院へ 1



 ノックをする。

 そういえばノックは三回とも言っていたな、律儀に守ってやるか。


「誰だ―――」


 と、声がした。

 竹部のやや太い声に聞こえたが、ドア越しだからやや自信はない。

 まあとにもかくにも帰ってくることができた。

 ささいな出来事だろう。

 生死を賭ける御使いは終わり。

 あとは中に入るのみだ。


「合言葉、『脱衣麻雀』」


 たどり着いたふるさととも言える、雀荘のドアの前でそれだけを言って、少しの間黙る―――。

 後ろにいる白衣の女性と男二人は、やや怪訝な顔をした。

 合言葉です、気にしないでください。

 だが、少ししてドアが開く。

 やっと一息つける。


「水を持ってきたぞ、俺だ、俺俺………!」


 ドラッグストアで拾ってきた、カゴの中にペットボトル飲料がいくつか入っていた。

 入れて持ってきた。

 ドラッグストアなのだから消毒液か薬の類も持ってきた方がよかったか―――と今更だが思う。

 もちろん運べる量には限りがあったが。

 竹部は目を見開き、おおお………!と言いながら―――こんなに表情が豊かな奴だったとは、長く打ってきたが知らなかった。

 それなりに知っているつもりだったが。

 ドアを開く竹部。


 雀荘『四風』にたどり着いた。

 日が高いうちにすべてをやり遂げたのは運がよかったといえるだろうか。

 行きよりも帰りの方が楽だったのは確かだ。

 荷物は増えたとはいえ。

 水と、携帯食料だ。


 その間、俺は何度も訊ねたかった。

 アンタたち、何なんだ―――と聞きたい気持ちはあったが、騒いで邪魔をするのも気が引けた。

 あいつらを呼び寄せる、気づかれる恐れもある。

 男二人の装備と、白衣の女性が博士と呼ばれていた点から、ただならぬ存在―――いや、少なくとも一般人からはかけ離れた存在なのだとわかる。

 それだけの、なんとなくしか理解できない連中とともに、戻ってきた。


 竹部は部屋にいる残り二人に声をかけ、そして水を受け取るために、一歩出るが、そこで阿部―――白衣の女性の存在に気付く。


「あ、ああ―――………?」


 竹部の岩のような頬が、どういうことなのかわからず、フリーズしている。

 予想だにしない来訪者だったらしい。

 それはそうか。


「初めましてでしょうか………………?どちら様で?」


「生存者だ、この女性ひとも入れてもらえるか、それと話がある―――」


「助けが来た………のか?」


「とにかく入れてくれ」


「おいおい、水と食料を持って来いって言ったんだぜ、そういう話だっただろ、誰がナンパして来いって言ったんだ?」


 と、檜垣が出てくる。

 茶化そうとしたのか、口元が緩んでいる。

 単純に水が手に入り安心しただけか。

 両方だったのかもしれないが。

 身を乗り出し、そこで特殊部隊のような風体の男二人を見つけて、ぎょっとした――停止した。

 そこでなんだか、ざまあみろという心境になった。


「彼らも入れてくれ」


 そう付け足すと、皆心配はしたものの、なんだかんだで言って雀荘内に全員が入る。

このまままた四人で立てこもっても、飢えるのを待つだけだ。


 水と携帯食料でささやかなパーティを始めながら、これからのことを話す。




「私は阿部―――防護服の二人は荒川とかしよ―――私が無理言って、付き添ってくれたの、この事件のウイルス調査に」


 ヘルメットを外した男二人は、会釈する。

 やや疲れた表情なのは、当然だろうか。

 感謝はしている―――防具服を着こんだ二人がいるのと、俺一人でいるのとでは、道を歩いていての危険度がかなり異なる。

 いざという時に対処しなければならないのが、自分一人ではない、ということの安心感。

 だが無理を言って付き添ったというのは本当なのかもしれない。

 本当に無理だ、と一人がぼやいた。

 不思議なものを見る目で俺たちを見ている。

 生き残っていることが不思議、という意味ではそうだ

 俺たちの存在が新鮮なのかもしれないが、本当のところ、彼らの心境は把握できない。


「ウイルス………やっぱりウイルスなのか?」


 俺たちがそう言うと、阿部はやや驚いたようだ。


「ウイルスだって、教えてもらったの?それは誰に」


「え―――いや、噛まれて感染しているようだから、それ以外はないと思って………」


「そう……」


 やや間を置く。

 何か思案した、というほどの暇もなかった。


「早いうちに―――病院に向かってもらうわ、あなたたちは」


 そこで集まって救助を持ってもらう。

 と彼女は言う。

 俺たちは食べていた『カロリーメルト』を食いかけで止める。

 食いかけというか、かじりかけというか。


「また、出歩くのか」


 ちょっと待ってくれ、まだ助かったわけではないのか、と竹部たちは不満を漏らすが、それでも病院という単語に安心感を覚えないでもないようだ。

 そこからは、荒川と樫が、事務的に伝えた。


 生き残った人、怪我をしたけれど『発症していない人』、救助を求める人たちが病院に集まっていて、外敵が入らないようにバリケードも築いている。

 入ってしまえば安全だ。

 そこには水や食料が当然、施設内にストックされているし、いずれ輸送されてくるという話である。


 道筋で言えば、駅から離れてやや登りになる、高校があっただろうか―――それを経由するような道だが、遠くはない、歩いていけない距離ではない。

 俺は話を聞いてから、安心感からか、服を何枚か脱いだ。

 もう着こむ必要はないのだ、そういえば室内では。


「ところで―――何故皆さんは服を脱いでいるの?着てもいいのでは」


 この機に言い出した阿部女史。


 今更ながら帯金、竹部、檜垣が赤面したのはまるでコントのようだった。

 言った彼女自体の目は冷ややかで、あまり赤面している風には見えなかった。


 俺は半笑いで、このファッションセンスの原因は言ったはずだ、その名残だよ、副作用みたいものだ―――と言った。

 肌を隠すためにたくさん着ただけ。

 そりゃあ気になるか。


 ここは変態の館ではない、信じてくれ。

 ………やや身内ネタが出てしまった、あまり気にしないでくれ。

 先程から防護服二人が不審な目で見ていたのもそれだったのかと、ようやく気付く。


「まあ、出かけるのは明日だ。水は手に入ったけれど、この人数だと消費も早い。動けるうちに行こう」


 そういう作戦になった。

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