第34話 病院へ 2




その日の夜は、雀荘で過ごした。

月明かりがあるので、全く完全に暗闇な、夜ではなかった。

十五夜お月様―――の季節である。

布団ではなく、雀荘のクッションや絨毯の上で寝ながら、呟くように、話をする。


「―――特殊部隊なんかでは、無い」


かしと呼ばれた、名乗った男。

防護服を今は外した、男が呟いた。

我々は特殊部隊などではないと。


「私たちは―――生存者を探している、もちろんそれはそうだ―――しかし私はただの製薬会社の職員で―――特殊部隊のような、特殊部隊と言えるほどの―――戦闘訓練は受けていない」


説明をする。

だから特殊部隊という言い方はよしてくれ、と言われる。

俺はそれを聞いて、どう反応すればいいかわからなかったが、防護服の二人のいう、単なる事実らしかった。

彼ら防護服組二人は弱音を吐いた―――特に隠しもせず。

随分昼間に疲れたらしく、無理をしたらしく、もう寝る―――と、それきりだった。


弱音を吐いた男性に対して竹部は嫌そうな顔をしたが、俺は彼らに好感を持った。

彼らの人間性を少し、垣間見た気がした。

あまり強い人間ではない。

強い人間ではないが、それでも今出来ることをしている人間。

例えば女性を守りつつ町を調べたり。

この雀荘に帰ってくるまでは当然、俺のことも気にかけてくれた。


俺たちに比べればましだろう―――なにせ部屋にこもって麻雀を打っていただけ。

そうだろう竹部。

………いや、それが最善だ。

素人が非常事態に強がったり無暗に危険地帯に突っ込もうとするのは、プロからすれば怒鳴ってでも止めたい展開だろう。

目も当てられない。



雀荘組はうるさく声を上げなかったが、話は細々と続けた。

雑談では、無いと思う。

この状況を切り抜けるかのような、それは会議。

明日どうするかの作戦会議は、眠りに落ちる直前まで続くこととなる。


「逢野が持って帰った少し話を聞くに、どうやらパターンがあるらしい………」


おそらくは、伝染病―――ウイルスが原因だろう。

今起こっている事件は、病気なのだ。

原因は色々と―――細菌、ウイルス、真菌カビ、あるいは―――寄生虫っていう筋もあるが。

極めて規模が大きいが、病気が蔓延しているだけだ、という。

なんにせよ専門家らしき人と出会えて接触出来て、心強さはある。

心強いというほどではないが、何かあったときに薬とか、何か相談には乗ってくれるのではないか、この状況ならば。


「パターン?」


「ああ」


竹部が言う。


「外を歩いた結果、あいつらだけじゃあ、無かったんだろう―――そのウイルスで動いている奴以外だ。死体があったんだろう」


「………ああ、あったな」


たくさん見た、その横を歩き、過ぎ去ったのは事実だ。

死体があった。

だが動かなかった。

歩くための足がちぎれたとかならば、動かない理由にはなるが、別段そんな違いは無いように思えた。


「ああ………とりあえずパターン分けしよう………まず、パターンAエー


「それ―――やってもいいが、意味あるのか?襲われた時にどうするか考えたほうがよくないか」


「それはそうだが、もうやっただろう―――逃げるしかない―――つまりパターンAは、『あいつら』だ」


パターンA。


「お前が外出して、外を見て―――できる事が増えた。だからもう少し、この―――なんだ、『事件』を考えるぞ、整理しよう。これは感染者がまず―――噛まれて。噛まれて死んで、でも歩き出す場合だ。『歩く死体』になるパターンがAだ」


「パターンA………それと、それでもう一つは?」


「パターンBビーは―――死ぬ。動かなくなって、文字通り、死ぬ―――普通に死ぬパターンだ」


ちなみに俺は死ぬならパターンBがいい、と帯金は付け足した………別に聞いてもいないが。


「このウイルスの騒ぎは、パターンAかBによって………」


「Aトゥ………『あいつら』」


A-To-病気………とか、眠そうに呟く帯金。

俺はそれを―――面白くもない冗談を聞くような、反応に困る顔をして聞いていた。

確かに、呻いて歩くあいつらと、横たわったままの死体とがあって、パターンはあるのは事実だ。

だが、何が両者を分けているのか―――老若男女、様々なあいつらと、死体とがあった。

見た目では、少なくとも見た目ではパターンがわかれないと思うのだが………。

そもそもそれぞれ別のウイルスという話も有り得る。

二種類以上のウイルスが流行っているなど、考えたくもない話であるが―――。


インフルエンザウイルスにもA型、B型、C型ウイルスがあり、それぞれ違うが、A型が一番症状が重いらしく、B、C型と軽くなるらしい。


「なあ、専門家さんよ―――まだ寝ていなかったらあんたも何か返事してくれ」


声をかけて、ややあって、暗闇から声が聞こえた。


「―――致死率、それ自体は………珍しくもないわ、必ずかかるわけではないし」


ウイルスの、その感染は絶対ではない。


「発症して致死率が百パーセントのウイルスではない………というだけよ」


言われて、確かにこの現象は―――病気とみるならば、そうおかしなことではない、おかしな現象ではないと思う。


確実に死ぬような恐ろしい病気の方が珍しいのだろう。

パターンというより、身体の耐性の強さ、抵抗力のような話だけかもしれないが。

それでなくてよかった、と思うべきか―――いや、事態は良くないのだが。

どうなのか、知識が無いので深くは考えられないが、こういうのは確証が持てない。

あれも心配だ―――感染してからしばらく間を置くという、それで症状が出る―――そう、潜伏期間。

何にせよ―――個人差だ。

一人一人、違うらしい。


「『血液』は重要よ――――けれど、もう寝なさい」


これは血液を媒介に感染する―――極めてわかりやすい例だ、という。

この事件は、なんでそうなっているのか、つまり原因はわかった。

ウイルスによる感染症。

これがしっくりくる―――まあここまでひどい事態だとは想像つかなかったが。


それから眠りにつき、ちゃんと朝を迎えることができた。

だが翌日からの道のり、再びの外出が困難なのは、予想できたことだった。

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