第8話 海老沢譲司 6

僕と彼女がドアを背にして、数十分が経過した。

外ではいまだに、様々な音が聞こえていた。

何か、映像ではないが、硬質な衝突音、金属質な衝突音、生身の衝突音、あとは人間の悲鳴、大声のような、質の悪い音が入り混じって、工事中の建物のように、ひっきりなしに聞こえている。


「この後どうしよう」


外で起こっている事件の全容は、まだわからなかった。

しかし、室内でじっとしている限りは、とりあえず大丈夫だという意識が働いた。


「この後どうしよう」


同じことを二回言ってしまった、海老沢。

冷静さを失っているのかもしれない。

冷静さ失っていなかったら怖いが。


同じことは言ったが、状況変化は進んでいる。

時間という尺度で考えれば、陽は落ちた。

もう電灯が付き始めてもおかしくない時間ではないか。


日が暮れたから『あいつら』が静かにしてくれるか、といった望みはあったが。

外では、まだ騒がしい。


周防恵は今も黙っている。

体育座りで、膝を抱えているらしいが、それも見えない暗さに、なりつつある。


「―――何とかしてよ、男なんだから」


ぼそりと、言う。


「―――ごめん、こんな質問をして」


「………ううん」


と。

そんな、を雨やって―――そのあと会話も何も続かなかった。

海老沢は居た堪れなくなり、携帯を取り出す。

何ということもない、意味もなく手癖で取り出す、現代人だった。

いじっていれば少しは冷静さを取り戻せるかもしれない―――というような意図もあったのか。

否、考えより先に手が動いていた。


「―――そ、それっ!」


と、周防が妙な叫び声………叫び声というか歓声交じりの何かをあげる。

それ?

そぉれとは、掛け声か何かか。


「それ、あるならいってよ!海老沢君、警察に、電話できるじゃない!」


言われてから、海老沢は数秒かけて理解する。


「あっ、ああ、電話、電話―――か!」


海老沢はそれまで、この部室でドア付近に座っていれば侵入者は防げるから、ある種、一仕事したという感覚でいた。


携帯で手癖でゲームをやりつつ、黙っていた方がいい、大して親しくもなかった女子生徒と話すなんて自分には無茶だったのだ、というかたった今、険悪な雰囲気にしてしまった、少し黙っていようと―――それだけをぼんやり考えていた。


「それで、外と連絡とって!」


重ねて彼女が言う。


「どっちだ、ええと、百十番ひゃくとおばんと―――あとは救急車と」


警察化、救急隊員か。


「け、警察!」


まず警察、と彼女。


「わかった、わかったから―――今やるから急かさないで」


海老沢は着信履歴から書けることが多かったので、手押しで番号を入力するのは久しぶりであった。

ぎこちない指先。


ようやく110、を打ち終わり、携帯電話の画面は『発信中』になる。

バイブレーションが四回、五回と振動する。


「はやく………!」


周防さんの目が、ぎらぎらと光る。

海老沢も同じ気持ちだった。


「―――あの、周防さんはないのか、携帯電話」


「鞄の中、あるけれど教室よ」


「………そう、か」


「あるならすぐに使っているわ、ねえ―――まだなの?」


そんなに急かされてもどうにもならない、イライラする海老沢。

彼女の焦り、しかも自分の焦りも重なり、携帯に汗がにじんできた。


携帯のバイブレーションが途切れて、ノイズが入る。


「!っあの―――ケイサツ


『ただいま回線が非常に込み合っております、しばらく時間を空けてから、もう一度お電話を―――』


流れたのは電子音声であった。

少し息の仕方を忘れていた海老沢は、ドアに背中を預けてから、息を吐く。

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