第16話 初めてのドライブデート?
何だよ?せっかく、ちなっちゃんの部屋にまで上がれて、最高の食事会まで出来て、携帯番号の交換まで出来たのに、明日引っ越し?これじゃまるでジェットコースターかバブル崩壊じゃんか。きっつー。てか、ショックショックショック!
内心、ちなっちゃんと楽しく話せて、自分でも敬語だったのがいつの間にか気付かないうちに自然とタメ口で喋って、滑り出し絶好調じゃんとか思ってたし。まだまだ友達だけど、もしかすっと、恋人同士になれる可能性のある、スタートラインに立てたような気にもなってたのに、いきなり大雨でレース中止!、って感じ。
携帯電話番号を交換できたから、こうやって、スマホでアドレス帳登録しちゃえば、友達同士ではいられるんだろうけど、それだけかよ!みたいな。なんかがっくり来るなぁ…。しかもいきなり明日ってどういうことなのよ。
商社ってそういう仕事?あの電話の話を聞いてたらほとんど深夜に、急に明日引っ越しとか決まったみたいだけど、そんな世界って聞いたことない。そりゃ、社命は絶対ってよく聞く話だけど、それにしても、いくらなんでも急過ぎる。どっかで石油でも掘り当てたのか?知らんけどさぁ。
…なんてな事をウジウジウジウジ眠りに落ちるまでベッドの上で考えたりしてたら、壁を通じて、家具を動かすような音が聞こえて「はぁ、マジで明日引っ越しみたいだなぁ」とかあまりにリアル過ぎる現実に、そんな嫌な音も聞きたくねぇって感じで毛布を頭からかぶって、…で、気付いたら朝になってたんだよね。多分これ、出勤日なら仕事休むかも知れんってくらい、起きても何にもする気が起きない。
取り敢えず、顔でも洗おうってキッチンで歯を磨いてたら、ブブブーッと横に置いてたスマホがメッセージを受信。ケイだ。
「おはよー。例の件、進捗状況は?」
…はぁ。そいつは返事したくねぇな。君は確かに作戦参謀としては優秀だ。君の作戦がなかったら昨日の楽しいお食事会なんて絶対実現しなかったであろう。が、最早作戦など立てられる状況ではないのだよ、ワトソン君…って頭の中でギャグしてても仕方ねぇよな、さっさと返信してしまおう。
「おはよー。ちなっちゃん、今日お引っ越しなんだってさ」
「えええ?マジでか?」
「マジマジ。いきなり引っ越し。実はさ、昨日ちなっちゃんとお食事会したんですわ」
「うおおおお!お食事会まで一気に進んだのか!で、やっちゃったの?」
「なわけねーだろ。冗談にノる気分じゃねーよ。とにかくさ、ちなっちゃんの部屋に上がらせてもらって、お呼ばれしてさ、携帯電話番号も交換できたんだけど、なんか今日中に引っ越しちゃうらしい」
「あらま。でも変だよね、それ。直接引っ越しするって言われたの?」
「そうじゃないけど、ちなっちゃんが電話でそんな話を誰かとしてるのを聞いたからさ。何が変なの?」
「だって、こないだのメッセージカードの返事って日曜日でしょ?だったらその時点で引っ越すことわかってるんだからさ、友達になって欲しいってお願いにオッケーって返事しても意味ないじゃん。直接聞いてないんだったら隆の勘違いなんじゃないの?」
「違うよ。急に決まったみたい。決まったのが昨日の夜12時位」
「えええ?そんなに急な話ってあり得るの?」
「あり得る仕事みたい。あっちこっち転勤してるみたいだから」
「そうなのか。それは可哀想だ。じゃあ私仕事だから、また仕事終わったらなんか話しよ。落ち込むなよ」
んなこと言ったって、落ち込むよ。凹みまくりなんだから。あ〜もう!人生つまらん!朝飯食ったらふて寝しよう!っと。
でも、ふて寝はせず、持ち帰った仕事で適当に時間潰ししてたんだ、その土曜日の午後二時くらいまで。別に失恋したわけではないから、まぁしゃあねぇやな、とかブツブツブツブツ言いながら、さ。もちろん口癖の「くそっ」も言いまくってた。誰もそんなの聞く人もいないから、自由を満喫。そうそう、独り身のいいところは自由ってことなんだよね。恋人とか出来たら束縛されちゃって、自由効かなくなってしまうから、もしかしたら良かったのかもね。……でも、相手がちなっちゃんなら、やっぱ束縛されたいよっ!…はぁ、くそっ。…と、ちょうどそんなことを考えていたその時だった。
ピーンポーン。その音はエントランスじゃなくて部屋の前からだった。受話器を取ると、ちなっちゃんだった。
「すみません、隣の櫻井なんですけど」
「あ、はい、すぐ開けますね」
ドアを開けると昨晩と同じ格好の、ちなっちゃん。
「あ、どうも。昨日はありがとう」
「いえ、こちらの方こそありがとうございました。それで、ちょっと申し訳ないんですけど、今、お時間よろしいですか?」
「うん、別に今日は特にすることもないけど?」
「よかったぁ。申し訳ないんですけど、お力をお借りできないかなぁと思いまして」
「はぁ、別にいいけど」
「実はちょっと、部屋から重い荷物を運び出さないといけないんですけど、私一人じゃなかなか厳しくって、手伝って欲しいんです」
自力で運ぶの?…、ああそうか、急に決まったから引越し屋さんとか頼めないわけか。そりゃ大変だ、手伝わなきゃな。
「了解。じゃああれだよね、たくさん運ばないといけないんだよね?」
「いえ、運び出す荷物は一個ですけど?」
「え?、一個?」
「一個ですけど、それが何か?」
一個って、引っ越しするのに荷物一個ってどういうこと?
「いや、その…じゃ、とにかくそれ、運び出そうか」
ということで、二回目で最後となる櫻井千夏家への入室となった。…いやこれが、最後じゃなかったんだけどね。
昨日は奥の洋室が閉められていて見ることは出来なかったんだけど、部屋に入るとダンボールが数個と家具とか備品などがまだ整理されてないような感じで、一人で一日で引越荷物まとめるとか、あんまりにも無茶過ぎるんじゃないかって気がした。
…だが、待てよ、何かおかしい。…違う、これは引越荷物なんか一切まとめてるって感じではない。ダンボールも、引っ越してきてからそのまま開けていないだけのもののようだ。
「あんまり部屋をジロジロ見られると、ちょっと恥ずかしいんですけど」
「え?ああ、ごめんごめん。で、運ぶのって?」
「この折り畳みベッドです。キャスターが壊れちゃって、一人じゃ動かすのが大変なんですよ」
見ると、それは少し高級そうな、安物っぽくない感じの二つに中央で折れるタイプの折り畳み式ベッドだった。たしかに一つだけ、キャスターが根元で折れて外れていて、これでは転がせない。
「昨日の晩、ベッドの下を整理してたら、はずみで壊れちゃって」
「そうなんだ。これは、…結構重いな。こっち持つから、ちなっちゃんはそっち持って」
で、二人で頑張ってベッドを一階まで下ろすと、エントランスの外に一台の軽トラックが止められていた。ちなっちゃんがレンタルしてきたそうな。荷台に積むのは少し大変だったけど、なんとか積み終えた。
「ありがとうございました。これよかったらどうぞ」
と、入り口脇の自販機で買ったお茶のペットボトルを渡された。
「ありがと。で、これ、どこまで運ぶの?」
「そんなに遠くないんですけど、隣の市にある妹の引越し先です」
「え?妹さん?…が、引っ越し?」
あとで真相がわかったのだが、つまり、ちなっちゃんがここから引っ越すのではなくて、妹さんが遠方から近所に引っ越してくるってことだったのである。実は妹さんは離婚が決定していて退去しないといけないから、この際、二人しかいない姉妹同士だから近くに住んだ方が何かと便利じゃないか、ということになり、ちなっちゃんは妹さんにベッドやその他諸々を譲る約束をしていた、と。ただ、引っ越し予定はもう少し先の筈だったのに、一昨日くらいに引越し先を見つけて確保したら、その妹さんの元旦那さんから「すぐに出ていって欲しい」と言われたんだって。
とにかく、ちなっちゃんがここから引っ越す、ってことではなかったとわかり、ほっと一安心すると同時に、何を俺は落ち込んでいたんだろうかと、ちょっとがっくりきたのも事実。つーか、なんでも確認が大事だよな、と。仕事でも、確認嫌いだもん、めんどくさくて。で、ミスって、山本に怒られると。ともかく。
その妹さんの引越し先に運んでいって、今度は下ろして部屋に入れないといけないだろうからと、俺はその軽トラックに同乗してそこまで手伝うことにした。
「ほんとに助かります。でもほんとにいいんですか?今日は何か用事とかあったんじゃないんですか?」
「いやぁ、仕事は持ち帰っててまだ出来てないけど、あの程度、大したことないから」
「御手洗さんのお仕事も大変なんですね。じゃぁ、車出しますね」
これ、うちの会社のと同じ軽トラックだ。ホンダのアクティって奴。うちの会社はIT関係の他に事務用品販売・リースなんかも細々とやっており、そっちの部署が主に使ってるんだけど、取引先などに行く時に空いてたら、たまに使ったりしているんだよね。どーでもいいことだけどね。
「ちなっちゃん、海外勤務の時でも現地で運転したりとかするの?」
「しますよ〜。国際運転免許も持ってますし、中国のも持ってますよ」
「すごーい。なんか、まさに世界で活躍してるって感じじゃん」
「すごくないですよ。必要に迫られて持ってるだけですし、中国なんかじゃあんまりにも広くて持ってないと仕事にならないんですよ」
可愛い顔して、ホント、ちなっちゃんの仕事の話を聞くとびっくりしてしまう。本人は全然大したことないって言ってるんだけど、扱ってる額とか聞くと平然と億単位でやり取りしているらしいから、住む世界が違うと、こうも違うのかと驚かざるを得ない。いくら給料貰ってるのかまでは聞いてないけどね。同じマンションに住んでるから、そんなにびっくりする程は俺とは差はないとは思うけどね。
で、助手席に同乗していて、はっと「これはもしかして?」と思ったんだ。これはドライブデートって奴だ。笑うなって。そりゃ、たまたまだけどさ、…たまたまでも、これが軽トラでも、ドライブデートには違いねぇ。どうだいこれ?昨晩は食事会で、しかもちなっちゃんの家にまで上がらせてもらって、手作り料理を食べることが出来て(本人曰く「他人に食べてもらったのは初めて」ってのはしっかり覚えてるぞ)、その次の日がドライブデートだぜ。友達同士でしかないけどな、まだ。
というわけで、三十分ほどで到着。ごくごく普通の五階建て賃貸マンション。外ではすでに妹さんが待っていた。ちなっちゃんによく似た感じの顔付きで負けず劣らずの美人顔ではあったけど、金髪でちょっと派手そうで、話すとこれが、ちなっちゃんとは全然違うのだ。開口一番、でけぇ声で…。
「あれ?アネキってカレシいたの?」
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