第21話 ファミレスで。

「思い付いた!御手洗君、あれよ、あれ!」


 御崎さんが店の奥の方を指差す。


「あれって何なんですか?」

「あそこの非常ボタン押してきて!そしたらかっちゃん達だって帰るしかなくなるでしょ?」

「そんなこと出来るわけないでしょ、もっと真剣に考えましょうよ」


 ったく、もっと頭を捻れよ。俺もだけどさ――。


 そのファミレスに、ちなっちゃんと山本がいるのを見つけて、俺と御崎さんは二人に見つからないように、出来るだけ離れたところに席を取った。まったく、信じたくない、見たくもない光景がそこにはあった。一体どうしてあの二人がテーブル挟んでるんだ?しかも2人とも時々笑ったりして、遠目には既に仲良しレベルにしか見えない。


 御崎さんが山本を駅で見失ってなきゃ、あんなことにはなってないんだよな。山本としては予定通りハンカチをちなっちゃんに返しにマンションを訪ねて、その時にはもうちなっちゃんは自分の部屋に帰ってたんだろう。それで、山本がファミレスに言葉巧みに誘い出したに違いない。ったくあの野郎、褒めてやるよ。見事だ。俺にはそんな行動力はない。


「ねぇねぇ御手洗君、なんかいいアイデアないの?」

「んなこと言われたって…、御崎さんが直接行って山本に「ここで何してんの!」って怒ればいいじゃないですか」

「でもさぁ、普通にハンカチを返してお礼に何か話ししてるだけかもしれないし、もしそうだったらカッコつかないよ。こっちも尾行してたってバレちゃうしさ」

「もう…、御崎さんはこっちに来る時、最初からそうするつもりだったんじゃなかったんですか?」

「そ、そうだけどさ。あんまり深く考えてなかったんだよ」

「でも、それ以外どうするんですか?たとえここで恥かいたって別にいいじゃないですか。それでホントの浮気はなくなっちゃうんですよ?」

「だ、だってさぁ…あ、御手洗くんが行けばいいじゃない?普通に「お二人さんこんばんわ~」って。それから、御手洗くんも一緒のテーブルで仲良く喋れば、かっちゃんも何も出来なくなるでしょ?」

「でも、それしたところで、もう二人はあんなふうに仲良くなっちゃってるからあんまり意味ないし…」


 二人が作戦会議しても埒が明かない。しかも腰抜けの上にさらに緊急事態の対応能力も低過ぎる…。つーか、実際にこうしてあの光景が現実にあるのを眺めてると、あまりにも山本が鮮やかにトライを決めている、みたいに思えてならない。ぶち壊そうにもどうにも出来ないのだ。


「ねぇねぇ、でもあの子すっごく可愛くない?」

「そう思いますか?御崎さんも」

「うん。御手洗くんはあの子と、ただのお隣同士なの?そうでもなさそうだけど」

「え…、いやまぁ、なんていうかその、お友達レベル、ですかね」

「好きとかそういうのはないの?彼女にしたいなぁだとか?」

「え…。なんかそれ、すっごく答えにくいんですけど」


 …いかんなこれ。多分これ、山本がやったような誘導尋問だ。見事にはまってる。って気付くの遅いけど。


「…なるほどね。だったら、御手洗くんとあたしはガッチリ手を組まなきゃ。御手洗くんは出来たらあの子とお付き合いしたいなぁと思ってる、と。私はかっちゃんに浮気して欲しくない、って事だし、これってお互い利益は共通じゃん」


 なるほど、あの二人を引き剥がしたいって思ってるのは同じってことか。


「えーと、まぁ、そうなるんですかね。だとして、具体的にどうするんですか?」

「具体的になぁ…。でも、こっちからはあっちには行けないもんね」


 ――あ、そっか。


「御崎さん、それなら向こうにこっちを発見してもらえばいいんですよ。如何にも偶然同じ店にいたって風に装えれば」

「ナイスじゃん、御手洗君。じゃぁ、ちょっとお店の人にお願いして、コソッとレジの付近に席を変えてもらいましょう。向こうは絶対レジには来るわけだし。…あ、でも、アタシがここにいる不自然さはどうしよう?」

「えーっと…、…、…そうだ!あれ使いましょう。急いで家に帰って取ってきます。まだ向こうも席を立ちそうな雰囲気でもないし。ちょっと待ってて下さい」


 俺は急いで自分の部屋に戻って、必要なものをポケットに仕舞うと自転車でそのファミレスに戻った。テーブルは既に御崎さんがレジの一番近くをキープしていた。


「えっと、これ使います。映画鑑賞券」

「えーっと、ああなるほどね。私がこの前のお礼にそれを御手洗くんに渡しに来たってことにするわけね」

「正解!」

「なんか楽しくなってきたね」

「楽しいかなぁ…うまくいくかちょっと不安ですけど」

「うまくいくって。かっちゃんの企みなんかぶち壊しちゃおう!」


 潜水艦の如く、じっと潜むようにして山本とちなっちゃんが席を立ってレジに近づいてくるのを待つこと十五分。時間は既に夜十時近く。遂にその時がきた。


「あれ?まいちゃん、こんなところで何やってんの?」と山本。

「あ、たかしさん、こんばんわ」とちなっちゃん。


 が、御崎さんは自分から先には答えず、御崎さんが山本に逆質問。


「かっちゃんも、どうしてここにいるの?」ここまでは俺と御崎さんの事前打ち合わせ通りだったのだが……。

「いや、実はさぁ、まいちゃんに言ってなかったんだけど、この前さぁ―――」


 山本、見事だ。立て板に水を流すが如く、些かも説明に窮することなしに、怪しさの欠けらも感じさせずにスラスラ説明しやがった。思わず、ビフォー・アフターみたく「なんということでしょう!」って台詞が頭に浮かんだよ。


 というのは、俺は、山本がハンカチ返すのを口実にしてマンションまで行って、言葉巧みにちなっちゃんをファミレスに連れ出したんだろうと思ってたんだ。だから、まさかそのちなっちゃん本人を前にしては嘘はつけないだろうから、御崎さんの逆質問で説明に窮するか誤魔化すだろうと思ってたんだよね。


 ところが、一切誤魔化しもせず普通に説明されてしまったんだな。ハンカチ返そうと思ってこっちに来たのはその通り。ただ、駅から出たらバッタリ駅前でちなっちゃんと会ったんだって。ちなっちゃんはその時たまたまスーパーに買物に来てたんだ。それで、お互い一応面識はあったもんだから「ああ、あの時の」みたいになって、立ち話も何だからと近くにあるこのファミレスで話してただけなんだってさ。ハンカチも普通にありがとうって、ちなっちゃんに返したんだって。説明にも山本の口調にもどこにも不自然さなど全然なかったわけ。山本には、冷や汗の一つかいた気配すらもなかったし。


 むしろ不自然なのはこっちの方。山本は鋭いからさ、「なんでわざわざ映画鑑賞券を届けにきてんの?」って聞き返しやがった。そりゃ会社で渡せばいいだけだからね、普通に考えても。御崎さんは「忘れないうちに渡そうと思ったから」って誤魔化すのが精一杯。んなの通勤に使ってるバッグに入れときゃいいんであって。


 なんか拍子抜けしてしまった。開けてビックリ、なんでもなかった、みたいな。それとも山本のほうが俺らより遥かに上手うわてなのかも知れんけど。とにかく、表面上は何でもなかったってわけ。


 しかし、俺はどうもまだまだ考え方が甘いと、ちょっと反省させられた。というのは、駅で山本と御崎さんの二人と分かれてから、ちなっちゃんとマンションに一緒に帰ることになって、やっぱり山本と何を話ししてたのか気になって、歩きながら直接聞いてみたんだ――。


「お互いの仕事のこと、とかかなぁ」

「この前、俺と二人で話してたような?」

「そうそうそんな感じかなぁ。たかしさんが色々教えてくれてたから、もうちょっと他にも色々」

「そうなんだ。あいつさぁ、会社じゃ結構厳しいんだよね。俺も怒られてばっかでさぁ」

「えー、意外。山本さん、たかしさんのこと結構褒めてましたよ」

「ええ?あいつが?」

「ええ。なんか仕事がすっごく速いからいつも助けてもらってるとか、あとたかしさんって一課、二課?」

「ホントは一課だけど、今は実質二課」

「その一課から引き抜きたいって言ってましたよ」

「うっそー。山本がそんなこと言ってたの?」

「はい。割りと真剣にそう言ってましたよ」


 俄には信じ難いぞ、それは。だって俺なんかより優秀なの他にもいっぱいいるし、そりゃ「速い」とはいつも言われてるけど、ミスばっかしてるし。社交辞令っぽい何かかなぁ、それ。


「山本さんて滅茶苦茶頭の回転早くて、ちょっと話についていけなかったんですよ。話し合わせるの大変だったし。どっちかって言うと苦手なタイプかな」

「まぁ確かに滅茶苦茶優秀。あの歳で三階級特進、課長だしね。俺なんかまだ主任」

「たかしさんも頑張れ。あはっ」

「頑張ってるってば。他にはどんな話?」

「ねぇ、たかしさん、なんでそんなに根掘り葉掘り聞くんですか?」


 やっぱ、そんな聞き方したら、そういう印象受けるよな。だって、心配なんだもん、相手はあの山本だし。


「え…、いやその、ちょっとね。実はさ、言い難いんだけど、山本には悪い癖があってさぁ」

「それってもしかして、女癖?」

「あれ?どうしてわかったの?」

「山本さん自身がそう言ってましたから。俺は女癖が悪いらしいって」

「ありゃ、自分で言ってたのか。でもそれって会社じゃみんな言ってるからさ」

「…どうなのかなぁ、それって。私はそんな風にはちっとも見えなかったけどなぁ」


 えー。それはちなっちゃんが今日初めて話したからであって、知らないだけだと思うけどなぁ…。


「なんでそうは見えなかったの?」

「だって、私と話してても、「この人は好きな人がいる」って何となくそんな雰囲気あったから。あのさっきの人でしょ?御崎さん、って仰るんでしたっけ?」

「そうそう、あの御崎さんが山本の彼女」

「多分、山本さんってその御崎さんのことを一番に思ってると思いますよ」

「そうなのかなぁ」

「そういうのって、見てたらなんとなくわかりますよ、なんとなくですけど。さっきちょっと見ただけですけど、多分山本さんって御崎さんを大事にされてるんだろうなぁって雰囲気ありましたよ」


 そんなことを話しながら、マンションまで帰ってきたんだけどね。


 でも、俺はそこまでは人のことは分からんと思う。ちょっと見たくらいではね。ただ、意外だなぁと思ったのはちなっちゃんの方。しっかり人のことを自分の目で見て自分で判断しようとしてる、とは思った。周りの意見に左右されない芯の強さ、みたいなもんかな。そういうところは見習わなきゃいかんなぁ、と。それが反省の中身。俺ってホント人の意見に左右されまくりだから。


 でも、ちなっちゃんは、素直にいい子だなぁと思ったよ、マジで――。


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