第37話 寺西文房具店

 被害者氏名

 死亡者 四名

  寺西健太郎(四十九)、寺西良子(三十九)

  松川純也(十)、木村美羽(十二)

 重体 一名

  御手洗隆(十一)

 重軽傷者 三名

  松木レン(十)、中居健吾(十一)、寺西千夏(十)


 ――図書館で新聞閲覧してる時には、メモを取りながら、ちなっちゃんと同じ名前だとしか思ってなかった。そんなに珍しい名前でもないし気にも留めてなかった。

 だが優作は、ちなっちゃんの姓は「寺西」だと言う、小学校の時そう呼んでいたと。だからこの西だ。多分間違いない。

 その上さらに、死亡者二名の大人は、この火事のあった『寺西文房具店』の経営者夫妻で、寺西千夏はその娘だ。そう、確か、ちなっちゃんは両親がいないと言っていた。つまりこの火事で亡くなったのだ。

 現在と姓が違うのは、おそらく、親戚筋を渡り歩いたと言う話だから、どこかで養子縁組されて姓が櫻井性に変わったと考えれば辻褄が合う。


 ――俺とちなっちゃんは、驚くべきことに、同じ火事の被害者だったのだ!


 仰天吃驚の真実という他ない。俺は戦慄を覚える程の衝撃に、一人、部屋の中で「エーーー!」「そんなバカな?」「どうなってんだこれは?」などと何度も呟いた。

 いやしかし、これはあり得ない程の奇跡じゃないのか。十五年の時を経て、同じ火事の被害者が偶然にも隣人同士になっているなんて。信じ難いにも程がある。


 整理すると、俺はその寺西文具店でよく遊んでた。だから当然、寺西千夏はその店を経営していた寺西夫妻の子供なんだから、小学校が違っていても、お互い知っていて当然の仲だったのだろう。優作君の例もあるから、校区外通学をしていたのかもしれない。で、同じ場所で火事の被害者になった。かなり、これで線が繋がった。


 だがそれでもわからない。彼女は俺のことを知っていた。それは間違い無いだろう。同じ火事に巻き込まれていたことを知っているのかどうかまではわからない。その時お互いどこにいたのかはわからないし、全然知らないかもしれないし、あるいはその逆に知っているのかもしれないけど、とにかくそれはそれとして、どうしてあんなに顔を真っ青にするくらいに否定したり、ずっとそれを俺に隠すのか――。


 そこまで考えて、突然目眩が始まった。部屋がグルグル回転して、視界がぼやける。これはヤバイ!と思って、椅子から立って、すぐ側のベッドに横たわろうとするが、そこにすら辿り着けず、そのまま気を失ってしまった――。


***


「……隆!起きて!隆!」


 その声はケイだった。

「どうしたの? 電気はつけっぱなしだし、ベッドにもたれかかるようにして寝てたし、椅子は倒れたままだし、大丈夫?」

「……え、ああ、……あれ? どうしてケイがここに?」

 俺はベッドから身を起こして、体の横に倒れていた椅子を立て直して、ベッドに腰を下ろした。

「ちょっとね、分かったことがあるから、見てもらおうかと思って。多分帰ってるだろうと思って。で他の人が入口の自動ドア入ったからさ、そのままついてって、上がってきてインターフォン押しても出ないから、ドアノブ引っ張ったら開いてたからさ」

「そっか……あ、でも俺どうして寝てたんだろ?」

「大丈夫なの? もしかしてこの部屋に……赤色灯はなさそうだけど」

「ああそっか、突然目眩がしてきて、それでなんか気を失ってたのか」

「目眩? 危ないなー、病院に行ったほうがいいんじゃない?」

「いや、……とりあえず、水汲んできてくれない? 喉乾いて」

 と言うと、ケイがコップに水を入れて持ってきてくれて、俺はゆっくりそれを飲み干した。


「大丈夫?」と、ベッドに座る俺の横にケイも腰を下ろして、心配そうに見つめた。

「ああ、体はな」

「体は、って? 何かあったの?」

「……もうさ、ちょっとあまりにビックリしてさ、ほらこれ」と俺はその、図書館でメモした被害者の名前をケイに見せた。

「……あっ! 寺西って優作が言ってた、……え、じゃぁこの、寺西千夏がつまりちなっちゃんってこと?」

「多分ね、間違いないだろう。姓が違う理由も推測だけど、あり得る」

 ケイも驚いて、メモをじーっとしばらく見つめて感心してて、流石にケイもやっと重大なその事実に気がついた。

「てことは! えっ! そんな! 隆とちなっちゃんは同じ火事の被害者同士ってことじゃん! マジでー? 信じられない!」

 と、しばらく俺が知り得た事実などを色々話したりお互いにびっくりの繰り返しをしてたんだけどね。


「で、何? ケイが見つけたことって」

「ああ、そうそう、その『寺西文房具店』の写真がさ、小学校の時に撮った写真に残ってたの。でね、これがそうなんだけど」と言ってケイが持ってきたポーチから一枚の写真プリントを取り出した。

「そうそう、こんな感じの店だったように思う」

 その写真は、店の前で店のおばさんとケイと同級生の三人で写っているものだった。

「あれ? この人ってもしかして」

「そう、あの集合写真の女の人って、この店のおばさんなんじゃないかと」

 じっくり見比べてみると、その通りとしか思えないくらいにそっくりだった。

「間違いない、これ文房具屋さんのおばさんだ。そうすると、男の方は確か……四十九歳だから年格好もそんな感じだし、旦那さんの方だ、これ」

「やったね! すごいじゃん、これ。まさにホームズ探偵みたいだ。あはっ」

「ということは、これは小学校の行事とかじゃなくて、このお店の催し物かなんかでどっかに行ったんだ、きっと。わー、これでほとんど全部綺麗につながった感じ」

「だね。すごいすごい、隆、名探偵じゃん!」


「えへへ。どんなもんだ。って、きっかけは三太は教えてくれたみたいなもんだからね」

「ああ、その写真に写ってる犬のことね。私は知らないんだよなぁ、意外と幼馴染でも知らないこともあるのね」

 と言って、ケイはPCのあるデスクにあった奥井君から借りた、昔の集合写真を手に撮ってじっくり眺め始めた。

「その三太がさ、夢に出てきたからさ。夢の話したことあったっけ?」

「隆の夢なんてどーでもいいから。でも三太、超可愛いね。隆の隣にいるから仲良しだったんだね」

「そうそう、その三太を火事の時、助けようと思って俺は火の中に飛び込んで言ったって昔の新聞に書いてあった」

「えー、それって超勇敢じゃん! 今の隆と全然違ってたのかな。あはは」


――いや待てよ。そうじゃない。違う。


「……思い出した」

「何、隆、なんか言った?」

 そう、違う。俺はあの時――。でも、いまいちはっきりしないな……。

「なぁ、優作の方の小学校にちなっちゃんが通ってたってことは、優作君の小学校時代の写真に写ってるんじゃないの?」

「あ、それはあるかもね。……でもさ、両親亡くして、親戚筋にもらわれて行ったってことは卒アルには載ってないかも」

「そっかー、でも他にも写真あるんだろ? 運動会とか遠足とかさ」

「あったかなー? 確か私の部屋に全部まとめてあったような気はするけど、……でも」

「でも?」

「あそこは探すの嫌だなぁ。押入れの上なんだけどさ、滅多に開けないから埃まみれだと思うし、それに……」

「それに?」

「ん? いや何でもない、また時間があったら探しとく。じゃぁ遅いから帰るね」

「あ、もう十一時か。下まで送ってくわ」


 エントランスの外に二人で出ると、ちょうどその前に駐車していた車の中で、カップルがいちゃついてた。キスとかさ。よくあるんだこのマンション。独身向けだから仕方ないけどさ。エントランス近くでハグとか、しょっちゅう。でも何回見ても慣れない。俺もいつかは、って考えたことは一度や二度ではない。


 ケイもその車をチラッと見て、一旦帰ろうとしたんだけど、立ち止まった。


「ねぇ、隆、もしさ、もしだよ? ちなっちゃんがさ、隆から離れて行ったらどうする?」

「どうするって……、そんなの考えたことないからわからん」

「……好きな人が離れていくって、すっごく辛いよ」

「……」

「あたしもさ、結構多くの男の人とお付き合いしてきたけど、一人だけ本気で心の底からすっごく大好きになった人がいたの。隆にも話したことあったっけ?」

「あったかなあ、……二十歳くらいの時の話?」

「そうそう。その人とはね、一生一緒にいたいと思えるくらいだった。でも、その人には他に好きな人がいたの。色々あって、私から別れたんだけど、あの時はほんと死んじゃいたいくらい辛かった」

「……」

「……隆はちなっちゃんのこと、どれくらい好き? もう二度と離れたくないくらい?」

「……わからんけど、まだそんなには進んでないと思うから」

「もし、もし仮にの話だよ、私みたいに大好きになる前に引き返した方がいいと思ったら、引き返してもいいと思う。引き返せないところまで行って、相手を失うのは本当にめちゃくちゃ辛いから」

「……ケイ、どうして今その話を?」

「……何でもない。じゃぁまたね」


 ケイは自転車に乗って帰っていった。ケイは優しい口調で語ってたけど、顔はどこか寂しそうな気がした。どうしてなのかは分からなかったけど、ただ、俺はその時、ケイの話にはあまり関心がなかった。


 ほんの僅かだけど、あの時の記憶が蘇りつつあると感じていたからだ――。

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