第36話 カレーうどん定食
月曜日。十一月も今週で終わり。今朝はいつもより早く目が覚めた。何故って、天気はそこそこだが、外は強風が吹き荒れてるようで凄い音がしてたから。隣のちなっちゃんも多分もう起きてるかな……。
先週木曜日朝におはよーメッセージ交換して以来、全くメッセージはやり取りしてない。まともに話したのは金曜日にちなっちゃんの部屋で妹さんと食事した時まで。それから、過去のことが色々と発覚して、スマホ眺めてても何を話していいんだかわからない。
――だが、パンドラの箱は開いてしまった。
気にしないわけにはいかない。だから昨日からずっとそのことばかり考えてしまう。どうして隠すのか。あるいは否定するのか。そこには、俺には知られたくない、理由が必ずある。でもあれでは本人には聞けない。昨晩、延々頭の中でその堂々巡りを続けてて、……ふと、そうじゃない、違うだろと。
色々今までのことを考えても、ちなっちゃんは俺に対して好意が少なからずあるとしか思えない。でも、確かめたわけじゃない。あくまでも推測。ならばまずはそれを確かめなきゃならんのではないかと。そっちが先だろうと。
で、朝早く起きたので、俺はちなっちゃんの出勤時、待ち伏せすることにしたのだった。ヒントは御崎さんが教えてくれたアレで行くかと――。
朝七時半。普段より、四十分も早く、俺はマンションのエントランスを出たところで、ちなっちゃんが出てくるのを待ち伏せしたのである。ちなっちゃんが出てきたのは、七時四十分だった。
「おはよー」
ちなっちゃんは明らかに目を丸くした。
「おはようございます」
やはり、反応が堅い。ここまではしかし想定通り。作戦開始だ――。
「今日さー、もしよかったら、外で夕食とか一緒に食べない?」
さて、どう答えるかな?
ちなっちゃんは歩きながら、少し考えてから言った。
「今日はちょっと多分遅くなるので……」
よしっ。これでいい。
「そっかー、じゃぁまた今度にするか」
「そうですね」
よしよしよし、作戦通り。あとは「風が強いね」とか「すっごい外がうるさかったよね」とか、たわい無い話をして駅まで一緒に歩いたのだ。駅から先は満員ぎゅうぎゅう詰め電車だし、乗る位置も違うのでホームで別れたんだけどね。
これを、ちなっちゃんがオッケーするまで毎日やるって事。御崎さんを落とすのに山本がやったように「頭イかれてんじゃないの?」を続ける、と。
***
出勤すると、いつもより少し早く出勤していたのに、その俺よりも先に出勤していた御崎さんが俺のデスクに来て、話があるから階段室に行こうと。
「御手洗君、本当にありがとう。お陰様でかっちゃんとちゃんと結婚することになりました」
と、深々とお礼を言われた。
「いや、たまたまですよ。本当にたまたま思いついただけなんで」
「そんな事ない。御手洗君がちゃんと私の話を聞いててくれたから、うまく行ったんだよ。あの時もう本当に別れようって真剣に考えてたんだもん」
「本気で別れようと思ってたんですか?」
「マジだよ。だって、借りてるマンションの部屋、解約届まで用意してたんだからさ」と言って、御崎さんは笑った。
「わー。じゃぁ本当にギリギリだったんだ。で、挙式はいつ?」
「まだ考えてないけど、来年の春ぐらいまでには何とか。……あと、これ」
と言って、御崎さんは制服のポケットからなにやら小さめの伝票の綴りのようなものを取り出して俺に渡した。
「これ、そのお礼って程でもないんだけど、「ひまわり」のコーヒーチケット」
「え? これって二十枚綴りが二セットで四十枚も? こんなにいいんですか?」
「遠慮しないで。御手洗君あそこ好きなんでしょ?」
「大好きですよー、あんな超隠れ家店探せないですから。じゃぁ喜んで遠慮なく」
「うん。それ、私と山本二人の感謝の気持ちって事だからね」
「わかりました。有り難く使わせていただきます」
「結婚式は絶対呼ぶからね。あ、そうそう、あの確か櫻井さんだっけ?あれからどうなの?」
「え……、いや、色々あったけど、特に進んでるとかは……」
「そうなんだ。私でよかったらいつでも相談に乗るから言ってね。じゃぁ戻ろっか」
そんな感じで御崎さんに、プロポーズ作戦のお礼されたんだけど、一方の山本はというと、出勤して来た時に、手と表情で一瞬だけ礼っぽい仕草をしただけだった。まぁ別にいいけどね。
――その日の昼休み。珍しく、山本が外に食べに行こうと俺を誘った。多分、プロポーズ作戦の件で、山本は山本なりに俺に礼でもするつもりだったのだろう。連れてこられた店は、喫茶店だがうどん屋さんもしてると言う変な店。御崎さんといい山本といい、よくこんな変な店知ってんなぁ、と。やっぱりその辺で気が合う二人なのかもしれないと思った。
そこのカレーうどんが絶品だと勧められて、選んだメニューは山本と同じカレーうどん定食。カレーうどんに五目ご飯がついてるセット。炭水化物だらけだなぁ、と思ったら、もともと関西でお店をしてたオーナーらしかった。なるほど関西ではお好み焼きをおかずにご飯を食べる文化だって聞くからなぁ。メニューもよく見たら五目ご飯じゃなくて「かやくご飯」と書いてあった。関西ではそう呼ぶらしい。
だが確かにカレーうどんは絶品であった。結構辛いのに、食べだすと止まらないのだ。何の出汁かわからなかったが、普通の鰹出汁とは違ってビーフシチューのコクのある感じみたいな、それが牛肉に絶妙にあってて、一体どうしてメインは喫茶店のはずなのにこれほどまでに美味いカレーうどんが出せるのか? みたいな。で、山本は全部おごりでコーヒーも付けるって言うので遠慮なく頂いた。
「マジで御手洗には礼を言う。ありがとう」
やっぱそう来たか。
「なんかそんな風に改まって言われると、気色悪いな」
「いやいや助かったよ。仕事の方もさ、あの時御手洗がいなかったらと思うとゾッとする、マジでさ。ほんとありがとう」
と山本は深々と頭を下げた。
「たまたまだよ、たまたま。でも、ほんとギリギリで何とかなって良かったじゃん」
ただ、本音を言えば、山本は綱渡りしすぎだとは思ってたけどな。言わないけど。
「ああ、そうだな。ところでさ、御手洗はあの千夏さんとは進んでるのか?」
「え……。何でそんなこと聞くんだ?」
「聞かれちゃ困るの?」
「いや、困るってことは……特にないけど」
「……何つーかな、あの子の目で分かったよ」
「目?」
「目は口ほどに、って言うじゃんか。あの子、俺なら一瞬で落とせるぞ」
何を言い出すんだこいつは? ……お前、まさか、ちなっちゃん狙ってんの?
「なぁなぁ、何を言いたいわけだ? 要するに」
「だからさ、俺なら一瞬っていうのはさ、あんなの楽勝だってこと」
「楽勝?」
「うん、全然楽勝。だってさ、あの子の目は御手洗しか見てないって目だったぜ。これマジだから」
俺しか見てない? いまいちピンとこないんだが。
「御手洗さ、俺は一応、女癖が悪いって評判になるくらいには、色々経験がある。だから、千夏さんが御手洗しか見てないって、あのファミレスですぐ分かったよ。だから、大丈夫だって、安心しろ」
確かに、山本はある意味、達人クラスだからなぁ。
「よくわからんが、まぁ少しは気が楽になった。俺は全然女性経験はないからさ」
「だろうと思ったよ。じゃ、そろそろ行くか」
「ああ」
山本が見てもそう思うか。ちなっちゃんは俺を好き……。やっぱ、俺って経験不足過ぎだからなぁ。恋愛なんて経験者の方が圧倒的に有利なのかもな。一瞬で落とす? それが出来るなら苦労はせんわ。……そういや、ケイも経験豊富だけど、ケイはどう思ってんだろうな。あんまりケイには頼りたくないけど、聞いてみよっか――。
***
そのケイからのメッセージの着信があったのはちょうど帰りの電車に揺られている時だった。優作が、自分の記憶にあるちなっちゃんの姓を思い出した、って話。優作君は絶対にそれで間違いないっていう。というのは、優作が小学生の頃実際にそう呼んでたから、ってことだった。しかも、優作はちなっちゃん、か、妹さんのどちらかとよく遊んだっていう記憶すらあったらしい。
実は、優作だけは俺やケイと同じ小学校には通ってなかった。指定変更区域と言って、校区外の小学校に通うことが認められた期間があって、優作は同じ小学校には行かなかったのである。その小学校にちなっちゃん、か、妹さんはいたのだと。
――うーむ。実は、俺と同じ小学校に通ってたってことだったのなら、ちなっちゃんが俺を覚えていても不思議じゃなかったんだけど、こうなってくるとちょっと妙だな、と。どうもなんだか、パズルがうまく合わない感じ。
じゃぁどうして、あの写真に一緒に写ってるんだ? 先生らしき男女と小学生が十八名並んで撮ってる写真なのに、同じ小学校じゃないってどういうこと? しかも、優作は絶対に櫻井姓じゃないっていう。もしかして別人? どうも頭がこんがらがってきた――。
兎にも角にも、首を捻りまくりながら、自宅に帰ってPCに取り込んで補正した写真をずーっと眺めてたんだよね。――で、ふと、図書館でメモしてきたその用紙に視線を移して、一瞬見間違えたのかと思った。なんで優作から聞いたそれがその用紙に既に書いてあるのか、と。しばらく訳がわからず、ハッと気付いて、あまりにびっくりして思わず座ってた椅子から飛び退いた――。
――て、「寺西」ってまさか。
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