第35話 隆、職務質問される。
そこに来るまでの間、別に現場なんか来なくたって、あの写真を所有していた同級生の奥井君にもう一回写真に写ってた二人のことを聞くとか、あるいは写真持って他の同級生を訪ね歩くとかすればいいのではないかと、考えたりもしてたんだが、そこまでいくと大袈裟すぎる気もして、正直言うと別にどうでもいいんじゃないの? とまで思うようになっていた。
ちなっちゃんはあの写真を見たくなかったか、思い出したくもなかったか、とにかく何か理由があってあんな驚き方をしたんだろうけど、それが何か俺に関係があるのか? って言うと特に俺としては思い当たる節もない。もちろん気にはなるけども、だからどうなんだ? って。
それよりもむしろ、俺としてはあの夢の中に出て来る美少女にたどり着きたい、もし実在するならば、って話ではあるが、あの犬が三太だって確信を持って言えるので、そっちの方が現実味がある話なのかなぁと思い始めていた。自分でもどうしてそこまで拘るのかよくわからないんだけど、一旦思い始めたら探求できるとこまではしてみたい的な。
――それで、そこそこ近くのコンビニの前まで来てんだけど、ケイがなかなか来ない。
でも、来てもあまり意味がなかったかもしれないとも思い始めてた。と言うのは、火事のあった文房具屋さんはもうないからだ。
そこは火事の後、数年空き地だったが、駐車場になった後、十年弱ほど前にマンションになってしまったからだ。だから当時の面影などおそらく全くない筈だったのだ。
ただ、ケイが言ったように、テレビや映画などで記憶喪失の人が、何かをきっかけにふと思い出すみたいな、もしかしたら? と思わなくもなかった。
待ち合わせ時刻に十分ほど遅れて自転車でケイが来た。
「ごめーん、友達と電話で話してたら遅れちゃって」
「つーか、ケイの今日の格好、なんか意識してね?」
「あ、わかる? あはっ」
いわゆるハンチング帽って奴でチェック柄、グレーのハーフコートで襟を立てて、ワインレッドのショートパンツ。明らかにイメージは名探偵コナンだろ、それ。
「よくそんな帽子とか持ってたんだな」
「帽子? これ、お父さんが持ってた奴だよ。てか、この帽子はイギリス製だよ」
「じゃあ、コナンじゃなくて、シャーロックホームズ?」
「当たり!」
どっちでもいいけど、コスプレかっつーの。
で、そのコンビニから、現場まで歩いて言ったんだけどね。記憶をなくしてる俺は当然だけど、ケイもよく覚えてなかったんだ。文房具屋さんがあったこと自体はもちろん覚えてたけど、お店の名前すら思い出せない。せいぜいが、緑色のテント屋根が突き出してたって程度しか記憶にない。
今はマンションになってる火事の現場だったその周辺も、新しい住宅とか会社っぽいビルとかだけで、なーんにも思い出せない。
そんな風に、二人でそのへんをウロウロ、二十分くらいぶらついてたら、誰かに怪しいと思われて警察に通報されてしまったみたいで。
「君たちここで何やってんの?」
と、自転車で来た四十代くらいの警察官の人に職務質問って奴。名前、職業、住所とか二人とも聞かれて、なんか無線で照会されたりしてね。それで、しょうがないから、俺が昔ここで火事にあって重体で、みたいな説明をしたら……。
「ここで十五年前にあったあの火事の? あなたがその被害者の一人なの?」
「はい、それでちょっと当時のことをもっと思い出せないかなぁと思って」
「そうだったのか。それならそれと早く言ってくれれば。その話は、私もこっちの交番に来てから知ったよ。悲惨だったらしいね、へー、君がそうなのか。確かそのマンションのところにあった文具店の火事で、7人くらいの死傷者が出て――」
って感じで、色々と話してくれたんだけどね。いや、俺は被害者なのに意外と何も知らなくて、むしろ、その火事の何年も後で着任した警察官が何故そんなに知ってるんだろうかと、ふと疑問に思って聞いたらさ、
「えらく詳しいようですけど、すいません、どうしてそんなにお詳しいんですか?」
「それはね、非番の時に、地元の図書館に行ってこの辺のこと調べたんだよ。郷土史とかね。確かそれで、当時の新聞記事に当たったのかな、それで割と詳しいんだ。地域のことをよく知っておいた方が、こういう仕事だからね」
なんだってさ。いやー、交番の警察官ってただ巡回したりしてるだけじゃないんだなぁと、尊敬してしまったり。
で、その警察官の人が帰りがけに教えてくれてさ。
「そうそう、あのマンションの角にある、ほらあそこ――」
と、指差したところにマンションには不似合いな感じの扉があって。
「今日は扉閉まってるけど、確か町内会の人か誰かに言えば開けてくれると思うんだが、あそこがその火災の供養のために建てられたお地蔵さんがあるところ。じゃぁ、あんまりウロウロして通報されないようにな」
と言って、その勉強家の警察官の人は自転車キコキコ、どこかへ行ってしまった。
俺とケイは二人で、南京錠の掛かったその扉の中を覗き込んだ。扉の上半分くらいは二センチ四方くらいの細かい格子になっていて、扉開けなくても覗き込むことは出来たからね。
確かにその中にはお地蔵さんが置かれていた。他には当然色々と花やら線香やら仏具などがあって、そのお地蔵さんの置かれてあるその前には石板があり、四人の死亡者の名前が刻まれていた。
「やっぱり四人も死んでるって、大きいよね」
さっきまで帽子を被ってたはずのケイが、今は被ってなかった。多分、供養のお地蔵さんをみて巫山戯てたらダメだと思ったのだろう。
「当時はすごいニュースだったらしいからな」
「で、何か思い出したの?」
俺は、無言で俯いで、沈黙する他はなかった。
で、自転車の置いてあるコンビニまで歩いていたら、昔のことではないけど、不意に思い出したことがあった。
「そう言えば……、ほら、ちなっちゃんに最初に会った頃、確かじっと見つめられて不思議だったって俺、言ってたよな?」
「えーっと……、あー。あったあった、私が隆に、それはちなっちゃんのタイプだったからじゃない?、みたいに言ってたっけ?」
「そうそう、その時の……てことは、もしかして」
「あ、そっか! もしかして、隆のこと、知ってたんだ!、えー? でもそれマジで?」
「そう、でも、それなら辻褄は合う。それに、確か……えっと、そうそう、ちなっちゃんの部屋にお呼ばれした時、俺、出身聞かれて、ここが地元だって答えたら、ちなっちゃん「やっぱり」って呟いたんだよ、うん、覚えてる」
「えー、ちょっとそれ、なんか凄くない? じゃあの子、ずっとそれ隆に隠してたんだ!」
そうだ、ケイの言う通り、ちなっちゃんは俺のことなんか知ってて、でそれをずっと隠してたんだ。
要するにだ――。
「ちなっちゃんって、多分、少なくとも小学生の頃には既に俺のことを知ってて、だからあの写真にも写ってたし、ちゃんと今の俺見ても思い出せるくらいには知ってたんだ! うわー、そうか、そうだったのか」
俺がそう言うと、ケイは、コンビニの前まで来て駐車場から出てくる車にぶつかりかけるくらいにこの話に夢中になってて。
「ってことは、むしろさ、私達より先に、ちなっちゃんの方が、ちっちゃい頃に知ってた隆が真隣に住んでるって気がついてビックリしてたんだよ」
「……だとしても、じゃぁなんでそれ隠すんだと」
「そうだよねー。しかもあんな真っ青な顔して、全否定だよ? 一体どういうことなんだろうね」
なんだよね。どうしてもそこに行き着く。でもコンビニの前でケイと二人腕組みしていつまでも考え続けるわけにもいかない。
「隆さぁ、ここで考えてたって仕方ないし、この後どうしよ?」
「じゃぁさ、これも思い出したけど、優作君もちなっちゃんか妹さんのどっちかを見たことあるって言ってたじゃん。あれ、もしかすると優作も小学校時代の話なんじゃないかなと」
「そうかもね。今あいつ田舎にいるからさ、あの写真あとで私に送ってよ、なんか聞いとくからさ」
「分かった。じゃぁとりあえず解散にするか」
「あ、そうそう今日さ、隆んちの実家の方で松茸使ったすき焼きパーティするって母さん言ってたから、隆もおいでよ」
「すき焼きは食べたいな。うん、行くわ」
で、コンビニで別れて、一旦家に戻り、ささっと例の写真をケイに送って、俺は再び外出することにした。警察官の人が言ってた昔の新聞を漁る為だ。だって現場で何にも思い出さなかったからさ、ちょっと悔しかったんだよね。
図書館なんて、もう何年も来てなかったし、過去の新聞なんてどうやって見たらいいのかなぁとか思って相談員に聞いて見たら、それならマイクロフィルムリーダーがあると案内されて、で調べた。これがメンドくさい。でも、新たな発見があった。
火事のあった文具店の名前は『寺西文房具店』。一応今後のためにと、被害者氏名等は全てメモに残した。で、驚いたことに、三太もその火災で亡くなっていた。しかもその三太はその寺西文房具店で飼われていた犬だった。
で、もっと大きな発見があった。俺はもちろん記憶なんてありゃしないが、色々と証言が載っていて、俺を助け出した消防士によれば、俺はその三太を助けようとして中に入っていったらしく、助け出され時には三太を抱きしめていたらしいのだ。そこを読んでる時、俺は心の中で「三太〜、三太〜」と叫びながら、目に涙をいっぱい溜めてた。
あと、火災原因についての記述もあったが、ある一紙の夕刊に「原因は当時店内にいた児童による花火への着火によるものと考えられる」とあるだけで、他の記事は全て調査中であったり原因不明で終わっていた。
さすがに、後追い記事までは調べ方がわからず、火事から一週間分くらいを調べただけで、閉館時間と相成った。
ところでケイの方というか優作の件はというと――。とりあえず自分の実家ですき焼きパーティを楽しんだんだけど、そのあとちょっと散歩しようってことになって、前にケイと一緒だった地元の公園まで行ってベンチに腰を下ろした。
しかしそこでケイから聞いた優作の話は首を捻るものだった。ケイが優作に、あの写真を送って見てもらうと、確かに優作が見た記憶というのは小学生の頃の話で、そこに写っているのがそうだと言うのである。だからほぼこれは確証に近いなぁと。
ところがだ、ふとケイがちなっちゃんの名前を優作に言ったら、絶対に違うって言うのだ。少なくとも「櫻井」ではないと。じゃぁ覚えている名前はなんなのかと言うと、またしても思い出せないと言うので、思い出したらメッセージしろと。
これにはさすがに俺もケイも首を捻るばかりで、櫻井性は結婚してるわけではないからちなっちゃんに限ってはそれ以外はあり得ない。だから優作の記憶違いかとこの時は思っていたのだけれど。
その姓がわかったのは次の日、月曜日のことだった――。
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