第23話 インフルエンザ
明子?友美?美樹?優香?……、○○?あ、そっか君の名前は◯◯だった!
でもどうして何回呼んでも振り向いてくれないの?
なんでそんなに足が速いの?どうして逃げちゃうの?
待ってよ!◯◯
「隆くんはどこにいるの?」
だったら待ってよ〜!◯◯、なんで止まらないの?
「だって、隆くんと結婚したいんだもん」
僕だって◯◯と結婚したい!したい!したい!したい!あれ……あれは犬の声?
「隆君お願い!助けて!」
はっと、目を覚ます―――。
まだ、深夜三時か。…はぁ、今の夢、久しぶりだなぁ。……夢の中の美少女ねぇ。美少女なのに顔の記憶イメージが全くない、っていう。思い出せないのか、それとも夢の中でも見てないのかどっちかわからんけど。それに「◯◯」って夢の中では名前読んでるはずなのに名前が思い出せないってどうしてなんだ?あと、なんで最後犬の鳴き声なんだろう?で、いっつも最後「助けて」って叫ばれて目が覚めるんだよな。
夢ってほんと、起きてみるとさっぱり意味わからんよな、いつも。
で、寝ようとしたんだが、これがなかなか眠れない。ふとベッドの上に置いてある時計を見ると、もうすぐ四時になろうとしていた。不意に動かした手が床の上で充電中のスマホに当たったので、そのままスマホ手にとって画面を表示させたら、昨晩は十一時半頃までちなっちゃんとたわいもないメッセージのやりとりをしていた、そのアプリが閉じてなくてそのままになっていた。
メッセージのやりとりが始まって、もう一週間くらいだろうか。毎日やり取りしてても全く会話にも困らず、飽きるどころかどんどん普通になっていく。こんな感じ、うまく行ってるってことなのかなぁ。でも、いまいちどうやって進展させたらいいのかわかんないんだよなぁ。映画も、何度も同じお願いするのもどうかと思うしなぁ。あーいうのってタイミング難しいよな。…うーん、なかなか眠れん。
「ウー!ウー!火事です!火事です!火災が発生しました!」
わっ!何だ?何だ?非常放送が突然鳴り響きだしたが。……え、っと避難しないといけないんだな、一応。えーっと、荷物は……、別に財布とスマホだけでいいか、格好もパジャマのままでいいか。……とにかく、外に出よう!――急いで廊下に出ると、ちょうどちなっちゃんもスエット姿のまま廊下に出たところだった。他の人も同様に部屋から出てきて階段に向かったり降りていったりしている。
「どこで火事なんだろう?」とちなっちゃんに言ってみたが、ちなっちゃんにも分かる筈はなく、首をひねっているだけだった。とにかく階段で降りなきゃ仕方ない。下に降りると、既に多くの人が着の身着のままの格好で出てきていて、不安げにマンションを下から見たり、消防車は来ないかなどを気にして道路に出たりもしている。
「どこからも火は上がってないけどなぁ」とある住人。
「誰かのイタズラじゃない?」と別の住人。
「もしかしたらどこかの部屋で煙が充満しちゃって感知器が反応しちゃったりとか?」とそのまた別の住人。
「感知器の故障かも。そういう事、前にあったよ」などと言う人も。
俺とちなっちゃんはただ下で、寒いから腕組みしながら少し震えつつ、ただただけたたましく鳴り響く非常放送を聞きつつ待つしかない。でも、どうも火はどこからも出てないみたいだった。下に降りてから十分ほどで警備会社の人が到着。管理人室に入り、非常放送はすぐ停止した。その後、その警備会社の人が、住人にもう少し待ってて欲しいとお願いしてから、マンションの何処かのフロアへ一応調べに上がっていったかと思うと、十分ほどで降りてきて、火事ではなかったことを告げて住人は部屋に戻ることになった。
「取り敢えず良かったね、火事じゃなくて」と階段を上がりながら一緒にいた、ちなっちゃんに言った。でもちなっちゃんは返事もしない。どうしたんだろうと思って顔色を窺うと、顔色がどうも良くない。
「大丈夫?もしかしてさっきのが怖かったの?」とちょっと冗談交じりに言うと、四階に上がる手前の、三階との間の踊り場で、ちなっちゃんは
「ちなっちゃん、ひょっとして身体がおかしいのか?」と俺は踊り場で蹲ってしまった、ちなっちゃんの肩に手を触れたら、なんか熱い。
「…ごめん、なんかフラフラして」とちなっちゃん。
「ちょっとおでこ触るよ」と俺はちなっちゃんのおでこに手を――。
「うわっ、ひっどい熱!」こりゃダメだ、どうしよう?取り敢えず、このままちなっちゃんの部屋に連れて行って寝かせるか……。
「とにかく、ちなっちゃんの部屋まで行こう。鍵開いてるよね?」
「…閉めた。鍵はここ」とちなっちゃんはスエットズボンのポケットから鍵を取り出したので俺はそれを受け取って、ちなっちゃんをゆっくり立たせ、肩を抱いて支えるようにして階段を上らせ、そのままちなっちゃんの部屋に入った。
「氷まくら、部屋から取ってきたからこれ下に敷いて」と、ベッドに横たわるちなっちゃんに氷まくらを渡した。
「たかしさん、すみません」と、ちなっちゃんは頭を上げて自分で氷まくらを頭の下の引く。
「いやいいけど、いつぐらいから気分悪かったの?」
「寝る前、くらいからかなぁ。でもそのまま寝ちゃって…」
「そうなのか」と言うと、ちなっちゃんの脇に挟んでいた体温計がピピピッと鳴って測定終了を告げた。見ると……。
「だめじゃん、これ39.2℃もあるよ」
「えー。ほんとですか?」いやいや、その辛そうな声だけで高熱なのは明らかなんだけど…。
「ほら、これ」と俺はその体温計をちなっちゃんに渡す。
「ゴホッ!ゴホッ!…ほんとですね」
うーむ。俺、こういう時どうすればいいのかわかんないんだよなぁ……。取り敢えず、水分補給かなぁ。で、ちなっちゃんの部屋の冷蔵庫を開けるとポカリスエット二リッターのペットボトルにまだ大分残っていたので、コップに移して飲ませてはみたんだが、それで「じゃあ部屋に戻るね」とはなかなかねぇ。放置していいのかっていう――。
「たかしさん、もういいですよ。ゴホッ」と、ちなっちゃんは言うけれど。でもなぁ、そんなの俺、心配で絶対寝られない……。
「ちなっちゃん、こんな時間だけど、タクシー呼んで病院に行こうか?」
「そんな、…ゴホッ、いいですよ。朝イチで自分で行きます」
「そう?……今はえっと、朝の四時五十分か。近所の病院って何時から開くんだろう?」病院なんか滅多に行かないから知らないし。
「ゴホッ…、駅の向こう側の病院が、ゴホッ、八時に予約開始で電話すれば…」
…いや。あの病院は前に予約しても、結構遅かったぞ。うーんそれまで一人で待たせるのも…。
「…いや、やっぱり行こう!救急なら一応診てもらえるし。俺、一緒に連れてってあげるから」
「そんな…、申し訳ないし、ゴホッ!ゴホッ!、一人で…」
「ダメダメ。とにかくタクシー呼ぶから」というと、やっとちなっちゃんも、
「わかりました。じゃぁ、病院の診察券と保険証、あそこの引き出しに入ってますので…」とベッドの上からタンスを指差して、そのまま目を閉じたのを確認し、俺はタクシー会社に電話したのだった。
先にエントランスに降りて待っていると、五分もしないうちにタクシーが到着した。タクシーを待たせて、部屋からちなっちゃんを連れ出したんだが、タクシーに乗せるまで、何度もちなっちゃんが俺に「すみません」と言うので、一階まで降りた時、俺、つい怒ってしまって。「もう謝るなっ」って。この時の口調がちょっと自分でもキツイかなと思ったら……ふとみたら、ちなっちゃんが目に涙ためてて――。
だからタクシーに乗っても、後部座席で二人黙ったまんま。ちなっちゃんは咳き込んだり、鼻ズルズル言わせたりしてたけど。とにかく俺の方は気不味くて、ちなっちゃんに「大丈夫?」の一声すら掛けられず。こんな時どう言えばいいんだろう?って考え込んでしまって。で、結局病院に着いて、待合で一緒に座ってて診察の順番待ってる時もずーっと何一つ声を書けることもできず仕舞い。
診察に呼ばれて、ちなっちゃんは診察室に一人で入った。看護師さんが途中で「御主人さんですか?」と俺に尋ねてきたが、もちろん違うので正直に「いえ、友達です」っていうと少し怪訝な顔をされてしまった。そりゃそうだよな、こんな明け方近くの時間に同い年くらいに見える男女が病院に一緒に来るって、夫婦以外だとちょっと変な気もするし。せめて「同居人です」って言ったほうが良かったんだろうか。…などとつまんないことを考えていると、診察室からちなっちゃんが出てきた。
「インフルエンザって言われました」と言って、ちなっちゃんは俺の横にゆっくり腰を下ろす。ちなっちゃんはマスクをしていた。診察室で貰ったんだろうけど、ここまで俺はマスクが必要だったんだって気付いてなかった。ちょっと、ひょっとしたら俺も感染したかも、と思った。あんだけ咳しててすぐ傍にいたんだもんなぁ……。
「そっか、しばらく仕事は休みだね。当分ゆっくりすればいいんじゃないかな」と俺は出来る限り優しく言ってあげたんだ。なんか可愛そうに見えちゃって…。だっていっつも遅く帰ってきて、仕事ばっかで過労も結構あるんじゃないかな、と思ったし。
「ゴホッ…ほんと、たかしさんには色々…あ、また怒られちゃいますね」とちなっちゃんはこっち向いてニコッと微笑んだ。
「うん、謝るのはちゃんとインフルエンザが治ってからでいいよ。あ、でも謝られるよりは感謝の言葉のほうがいいかな」って、また優しく言ってあげたんだ。
すると、ちなっちゃんは、またニコッと微笑んでからペコっと頭を垂れたかと思うと、ぷいっと俺とは反対側の方に顔を向けてしまった。何故、顔をむこうに向けて俺に見せないのかなぁ?と思って顔を向けた方向にある、窓ガラスに写ったちなっちゃんの顔見たら――涙流してるのがはっきりわかって、でもなんで泣いてたのかちっともわからなかった。やっぱ俺って女心がわからん奴なのだなぁと、溜息が出そうだったけど、溜息は我慢した。
帰りのタクシーで、隣で少し眠っていたちなっちゃんをふと横目で見ると、不思議とインフルエンザの高熱で結構辛いはずなのに、何故だか少し幸せな寝顔にも思えたりしたんだよね。でも俺はこの時まで全く気付いてなかったんだけど、いつの間にかちなっちゃんと手を握り合ってたんだ――。
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