第19話 小学生時代の悪夢
救急搬送辞退書って書面にサインすると、やっと救急車は引き上げていった。申し訳ないなぁとは思いつつも、必要ないとしか思えないから仕方ない。
「じゃぁ、隆、お母さん帰るけど、おかしいみたいだったらいつ電話してもらってもいいからね?わかった?」と、ケイの連絡で駆けつけてくれた母は何度も同じことを言う。
「無理しないで、やっぱり実家の方で寝させてもらった方がいいんじゃないの?」とケイも。
でも、原因はあれなんだから、問題はない。何年もこんなことはなかったから自分でもびっくりしたけど、間違いなくあれだから。これで通算三回目だっけ。
「心配は分かるけど、自分ちに帰るよ。なんかあったら連絡するから」
それでも母が心配そうな様子なので、ケイが気を使ってくれて。
「お母さん、じゃぁ私が隆君送っていきます。隆もそれでいいよね?」
「え…、ああ、じゃぁ送って」と了解することにした。そう言わないと母が心配してまた同じことを言ってくると思ったから。
「ケイちゃんありがとう。じゃあお母さん行くから。いつでも電話してね」と、やっと母は帰っていった。
「悪いな、ケイ」
「でもホントびっくりした。あれってあんな風になっちゃうの?」
だが、三回が三回とも自分自身は覚えていない。今回も、公園から出ようとしたところから、さっき救急車の中で気付くまでの間の記憶はまるでない。そもそもその原因となったあの時だって、ほんの僅かだって何一つ思い出せないのだ。
「立ち尽くしてガクガク震えだしてた、ってのはどうも同じみたいだな。俺自身は全く覚えてないんだよ、それが。ホント不思議」
「めっちゃくちゃオーバーなくらい震えだしてさ、それからしゃがみ込んで、こっちの呼びかけも全く聞こえないみたいだったし、そしたらふわーっと地面に寝転がるみたいにして倒れて。最初意味わかんなくて隆を揺すってたら、あの剣道やってた子がこっちに来て救急車呼んでくれたんだ。ホントにホントに覚えてないの?」
「うん、全く何にも思い出せない。以前見てもらったお医者さんの説明だと、おそらくPTSD(心的外傷後ストレス症候群)による記憶障害だろうって言ってた。結構珍しい症例みたいだけど」
「そっかぁ。でも怖くない?赤色灯なんかどこにでもあるじゃん」
赤色灯――。大学生時代に経験した二回目の失神の時、体を調べても失神の原因がわからないので心療内科でカウンセリングを受けたんだ。そこで一生懸命記憶を辿ったら、二回とも煌煌と回転する赤色灯が記憶から出てきた。それが小六の時に体験したあの悪夢のような出来事に結びつくので、おそらく失神に至る切っ掛けは赤色灯を見たことだろう、と。だけど、困ったことに赤色灯にいつでも反応するわけではないのだ。…いや、むしろ赤色灯見たら常に失神とかもっと困るけども。ともかく、何十回も、もしかしたら何百回、赤色灯は到るところで見てる筈なのに、失神したのは今日を入れてたったの三回。
カウンセリングで赤色灯って判明した時以降、その時は外を歩くのが怖くて仕方なくて、赤色灯がちらっとでも視界に入ってきたら目を背けてたんだが、延々と失神などの不調は出なかったので、もう起こらないかもしれないと油断してたら今日突然。六、七年ぶりくらいか。赤色灯以外にも何かあるのかもしれないが、今のところは赤色灯以外に共通するものはない。今回は、公園の傍にあったスナックが外に出してる看板の上についてた赤色灯だと思う。
「あ、あそこにもある!隆見ちゃだめ!危ない!」
ところが全然平気なのだ…。
「なっ。なーんともないんだ、普通は」
「ほんとに?てか、ほんとだ。なんかそれって時限爆弾みたいだね。こわっ」
「自分自身では全然、記憶もないからな」
「ふーん。過労とかそんな感じでもないよね。じゃぁやっぱりあの時の後遺症みたいなのがあったんだ」
自分ではそれすら覚えていないのだ――。
小学校六年生の夏休み。夏休みと言えば、大抵の子供たちは長い休みを田舎に帰ったり、旅行したり、海やプール、あとは当然毎日が休みで楽しんで過ごすのが普通だ。だけど、俺はずっと病院のベッドの上で過ごすことになった。
世間では「記憶喪失」と呼ばれる事が多い記憶障害には色々なタイプがあるらしいが、俺の場合は病院で目が覚めて以来、いくら頑張っても小学四年生くらいからの記憶が全く思い出せない、というものだった。専門用語では「逆行性健忘」と呼ぶらしい。その原因自体ははっきりしている。火事による一酸化炭素中毒だ。俺はそれで一時、重体になり死の境を彷徨った。
火事は、小学校のすぐ近くにある文具屋さんで起った。普段からその小学校の生徒がよく出入りしていた文具屋さんで、お店のおばちゃんとはみんな大の仲良しだったし、俺もその一人だった(らしい)。で、火事が起こった時、俺を含めて十人くらいの生徒がいて、結果うち二人が死亡、三人が重軽傷、そして一人の重体者が俺だ。あと、お店のおばちゃんと、その時その自宅兼文具屋さんで療養中だった旦那さんも死亡した。
当時、全国的にかなり大きなニュースになった。火事の原因は花火。誰が着けたのかは結局分からなかったが、店の中でお店の商品としてそこにあった花火に火をつけた生徒がいると推定されてて、あっという間に燃え広がったらしく、その時点で店にいた約半数しか逃げ出せなかったらしい。とにかく悲惨な事故だった。それが小学校6年の時の夏休み直前。
何度も言うけど、それらの事は後で知ったことばかりで、俺自身は何も覚えていない。但し、健忘期間は多少改善されて短縮されてはいる。あと、PTSDはあった。覚えてないのにPTSDというのも変だけど、その後で色々な情報が入ってきてそのストレスを受けたんだと思う。「火事」と聞くだけでビクビクするようになったから。
以上が小学生時代の悪夢の話。ケイとはもちろんこの話は何度もしてて、いつも同じことを聞かれる。でも覚えてないんだから、自分でもそれ知らないんだよな。
「どうして隆は外にいたのに、わざわざ中に入っていったんだろうね」
「何度聞かれても、思い出せないんだよなぁ、それ」
「その時点でもうかなり燃え広がってたらしいのにね」
そう、見てた人の情報によれば、俺は今まさに燃え広がってく店内に、何かを叫びながら自ら入っていったらしいのだ。その理由も、何を叫んでいたかも、その時の自分自身以外には誰もわからない。当然記憶もなく思い出せない。
「らしいな。とにかくさ、俺のことはいいから、優作くんとよく話し合いな。あいつだってそんな悪い奴じゃ無いと思うし、なんかあるのかもよ」
「なんかあるのかなぁ。ごめんね、なんか格好悪いとこ見せちゃって」
「あんな泣き顔初めて見たかもしれん。ははっ」
「大泣きしたのは久しぶりだからなぁ。じゃぁ、もう大丈夫だよね、あたしここから帰るわ」
ケイとは駅前の大通りを挟む交差点で別れ、その日は自分ちについたらシャワー浴びてすぐバタンキュー。色々あったから疲れてたんだろうな。
んで、次の日の日曜日は特に何もなくて、月曜日。
出張明けて、朝からしっかり山本は出勤していたのであった――。
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