第4話 お返し大作戦

 部屋だって綺麗なわけじゃないし、洗濯物も自分自身が困るくらいにまで溜めてしまったり、男一人暮らしによくありがりなちょっとだらしない生活状態ではあるが、俺は食事だけは別なのだ。

 そりゃ仕事で疲れたりとかで、外食や弁当などを買って帰ることも大いけど、料理は割と得意な方で、最近はネットでレシピとか簡単にゲット出来るから、趣味というほどでもないが、そこそこ自炊生活になっている。


 ただし、これには一つ問題があって、一人分だけ作るというのが難しいんだな。食材の量の問題って奴。一人分だけ買うことも出来なくはないけど、コストの問題とか色々難しい。で、余らせることも多いし、捨てないと仕方がない場合も多い。

 それで、たまに実家にお裾分けすることがある。で、たまたま大量にハンバーグを作ったことがあり、実家に持って行ったら、それが神崎家に横流しにされて、それでケイは俺のハンバーグが美味しいことを知っていたのだ。


「グッドアイデアでしょ。やろうよ、やろうよ、絶対彼女喜ぶって!」

「でも、お返しは何かするとしても、手作りハンバーグとか変じゃね? なんかストーカー犯罪者っぽくて気味悪がられたりしたら困るし」

「そんなの、渡す時にちゃんと「この前はどうもありがとうございました。ちょっとこれ作りすぎちゃって余ったもんですけど、もしよかったらどうぞ」って丁寧に言えばいいだけ。余り物なら変に気味悪がられたりもしないよ」

「そうかなぁ……。でも、生物なまものだよ? 男が作ったハンバーグだよ?」

「隆が作ったハンバーグは絶品。もしかしたらあのお店以上かもってくらいなのは、このあたしが保証する。ひとくち食べただけでも忘れらないくらいだよ?」

 確かにケイは一応、ホテルのレストランでコック勤めてるプロだから味にはうるさいと思うけど……。


「でもさぁ、たとえハンバーグのお返しできたとしてもただそれだけじゃんか」

「隆ってホントバカだなぁ。あんたの彼女出来ない理由はまさにそれなんだよ」

「…るせぇな。縁がないだけだってば」

「何言ってんの? それがまさに縁じゃんか。その縁を育むってことが大事なの。どうして男の人が女の人にプレゼントするか分かる?、縁を育むためだからじゃない」

「そんなもんなのかなぁ。でも、ハンバーグ渡せたとするじゃん、そんで美味しく食べてもらったとするじゃん。で、そこからどうすんの?」

「いい加減アタマ使えよ。…まぁいいや、とにかくやってみなって」


 ――ふーむ、どうしたもんかなぁ。確かに、ケイの言う通り俺のハンバーグは味には自信はあるけどな。あれだけは、試行錯誤の塊みたいなもんだし、形はともかく味だけは、そんじょそこらの店では絶対無理なレベルではある。一週間くらい毎日作りまくって極めたからな。


「わかった。ダメ元でやってみよっか。でもさ、多分もう彼氏とかいたりするんじゃないかなぁ……」

「バカ隆。そんなの今はわかんないじゃん。やる前からそんなこと言ってるようじゃ……、よし、今から挽肉買いに行こう! 合い挽き肉がいいの?」

 と、ケイはさっと二人が飲んでたカップをトレーに乗せると、バッグを手に取り席から立ち上がった。


「うわ、マジかよ」

「マジに決まってるでしょ。さっさとあっちの食料品売場に行こうよ。私も今日暇だし作るの手伝ってもいいよ」

「……えっ? 今晩やるってこと?」

「決まってんじゃん」

「えー、マジでー?」

「あんたはさ、放っといたら結局やらないタイプだし。だから彼女出来ないわけでしょ?」

 くっそー。付き合い長いケイだから見抜いてやがんなぁ。

「わかったよ。でも、一人で作る。一応俺がお返しするんだからさ」

「なるほど。とにかくさっさと買い物にいこっ」


 ――結果、食料品売場では牛豚の合い挽き肉約1キロ(ざっと十人分くらいあるが、せっかくだから俺の実家と神崎家にもお裾分けしろというケイの命令だ)、その他卵や牛乳、パン粉等、ハンバーグ大作戦一式を購入させられた。ちゃんとメッセージも添えろと、小洒落たメッセージカードまで。


 ショッピングモールでケイとは別れ、一人重い荷物を抱えて帰宅すると時刻は午後三時。まだ食事に取り掛かる時間じゃないなと、部屋でゴロゴロする。


 ――あんたはさ、放っといたら結局やらないタイプだし。だから彼女出来ないわけでしょ?――ってか。


 ……かもな。真隣に住んでる人を好きになったって、それでも動かないタイプだと自分で思う。「縁がない」って男友達や同僚とかと会話したりするが、そもそも動かないんだから、そこがダメなんだろうな。それを認めたくないから、俺には二回くらいは告白したことがあるなどと、世間じゃそんなの認められるはずもないことに拘ったりする。ダメだよなぁ、こんなんじゃ――。


 ***


 午後六時。ともかくも、ケイに約束した手前、大量のハンバーグを作らねばならない。正直言うと、あまり乗り気でもなかったが、最早あとには引けない。

 でも、流石に一人で1キロもの合い挽き肉をこねてハンバーグを作るのはかなり大変。一人暮らし用の狭いキッチンでは、テーブルを併用したからとて色々と置く場所にも困る始末。

 自分用とお隣さん用には付け合せも作るつもりだったから、ここまでやって何の意味もなかったら――などと考えると、まだ手渡してもいないのに不安もあるし。


 ――待てよ? そもそも隣人の彼女って、今部屋にいるのだろうか。もしいなかったら、作り立てなんて渡せないじゃないか。それに、そもそも渡す時に既に夕食済ませてたら食べてもらえないじゃないか。

 あっちゃー。もう全部こねちゃった。あとは焼くだけなんだけど、どうすりゃいいんだ? ……あ、そうだケイにメッセージ送って訊いてみよう。


「隣人さんがいなかったり、夕飯食べてたりしてたら駄目なんじゃないの?」

「ほんと君って能力ゼロだな。いるかいないかなんてベランダからでも分かるだろ。夕飯食べてたら? んなの冷蔵庫に入れてでも後でチンして食べてくれるに決まってんじゃないか」

 能力ゼロって。クソムカつくが当たってるだけに反論不能。

「アドバイスどうも。ではとにかく作ります」


 とにかく、ハンバーグ作りを進めた。コツは塩と捏ね方。塩こそが肉の中に肉汁を閉じ込めるのである。パン粉や卵も必要だが、肝心なのは塩だ。この塩を満遍なく挽肉に染み渡らせる、かつ塩は僅かな量でないと、ハンバーグが途端に塩辛くなる。捏ねるのもしっかり捏ねないといけないが、あまり捏ね過ぎてはいけない。捏ね過ぎると食感が悪くなる。他、焼き方にもコツがあるが、とにかく作ってるうちに、完璧なハンバーグを作るとの意思がだんだんと強くなってきた。


 そんなこんなで、ちなっちゃんの分は作りたてを渡すべきだとの判断から、あとは焼くだけの状態で置いておき、他は全て焼き上げてしまい、在宅を確認することとした。


 八時、まだ帰ってなかった。やっぱ仕事かなぁ?

 八時半、まだ帰らず。もしかして彼氏とデートとかだったり?

 八時四十五分、不在。作戦失敗かなぁ……。

 九時……、ピーンポーン、ってあれ? 誰だろ?

 

 インターフォンの受話器に出るとケイだった。

「取りに来たよ。エントランス自動ドア開けてー」

「こっちに取りに来たんだな。今、開けるから上がって来て」


 で、ノックもせずに遠慮なくズカズカ入ってきたケイは開口一番こう言った。

「お隣さんがちょうど今、帰ってきたみたいだけど。一緒のエレベーターだったよ」

「えっ? マジ?」

「うん、なんか仕事帰りみたいな感じだけど、にしてもあの子、めっちゃくちゃ美人じゃんか」


 うわぁぁぁぁぁ! 遂に来たか! 急に心拍数が上がってきた!

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