洗剤君とお隣さん
子持柳葉魚改め蜉蝣
第1話 最初の出会い
あっ! しまった――。
また、買い物で商品買い忘れた。はぁ……、なんでこう何回もやっちゃうんだろうなぁ。今月三回目くらい? 四回目? えっとあの時と、あの時……、つか今日で五回目。だけど数えてても仕方ない、今日はどうしよう? もっかいスーパーに戻るか? それとも……、って自分ちの部屋のドアの前で悩んでてもしょうがないよな。明日にしよう……いや待て待て、明日ではダメだ。もっかいスーパーに戻ろう。
にしても、まだ二十七歳なのに、よくこんなに物事を忘れんなぁ、俺。もしかして、若年性認知症とかか。今度からちゃんとメモしなきゃなぁ……って、前もそう思ってメモ帳買ったら、すぐメモ帳無くしちゃったんだよな。よくこんなんで一人暮らし出来てるよな。ん? あっ。エレベーター空いてるじゃんか! やばっ、早く乗らなきゃまた――。
ガコッ! 「痛っ!」
クソエレベーターめ。なんでそんなに早く閉まるんだよ! 早すぎるっつーの。ったく、これでドアに挟まれたの何回目だろう? ……あっ。つか一階のボタン押してなかった。とにかく、さっさとスーパーに戻らなきゃな。モタモタしてたら夜十一時の閉店に間に合わなくなってしまう――。
――とまぁ、その日も俺にとっては普通の日常、会社帰りのいつもの風景に過ぎなかった。だけど、いつもと少し違ってたのは、せっかくスーパーに戻ったのにも関わらず、その今日必要なものを、またしても買い忘れると言うドジなことをしたこと。自宅マンションのエントランスの外まで辿り着いて漸く、ハッと気付いた。
と言うのはスーパー店内を回っている時に、
で、そのまま帰ってきて、ふと持ってたレジ袋を何気無しに覗き込んで。その今日必要なアレがないことに気付いた、と。ちっきしょ。俺は何をしているのか、スーパーじゃなくて、その隣のドラッグストアに行かなきゃダメじゃん、と。でも、戻るのにまた十分、往復で二十分かかる。自転車使うとしても、自転車の鍵は部屋に戻らないとないし――もういいやっ、一日くらいなんとかなる! ――ってね、スパッと諦めてエントランスでオートロック解除してる時に、ふと油断して結構でかい声で言っちゃったんだ。
「はぁ、なーにやってんだ、俺は」って。
エントランスから自動ドア開けて入ると、エレベータ乗降口は入ってすぐを右へ曲がらないと見えないんだ。だから、まさかそこに先にエレベータを待ってた彼女がいるだなんて、全然知らなくてさ。そしたらさ、後ろから歩いてくる俺にその彼女がチラッと一瞥して、「こんばんわ」って挨拶してくれたから、こっちも「こんばんわ」って言ったんだけど、そのチラッと一瞥された時に、顔がなんか笑ってたんだよね、確かに。……そりゃ笑うよな、エントランス中に響くくらいでかい声であんな事言ったらさ。
――それが俺にとっては彼女との、そこでの初めての出会い。
で、そのエレベーターが降りてくるのを、ポケーッと表示板見つつ、待ってたわけ。えっと、俺のその時の立ち位置は彼女の左斜め後ろ一メートルくらいかな。
でも、頭の中では、やっぱり急いでもっかい買い物に戻ろうかなぁとか、俺諦め悪くてさ、そこでもまだ悩んでたわけさ。そしたら――。
「あのー?」って、彼女から声掛けられて。
ふと見ると彼女がエレベータに既に乗ってて、開ボタンを押し続けて待ってくれている。
「……あ、す、すみません」
慌てて乗り込んで、ホッとしたのか、つい「ふぅ」って溜息が出たんだ。そしたらその彼女、エレベータ内のボタンパネルの方に向いてて顔は見えないけど、手で口押さえてて、どう見ても笑ってる。……はぁ、俺ってこれ、かなり恥ずかしいよな、ってなんか顔が熱くなってきちゃってさ、そしたらその彼女が俺の方に向いてこう言ったんだ。
「あの、どうかなさったんですか?」って。
でも俺、まさか、エレベーターの中で話しかけられるとは思ってもなくてさ、慌てて返事したら、
「え、あ、…なんか、せ、洗剤買うの忘れちゃって、はは」
って、
でも、そうなったのには理由があるんだ。その時さ、彼女の顔を見てドキッとしたんだ。だって、俺、そこまで可愛くて綺麗な女の人を、そんなに間近に見た事なかったからさ、吃驚ちゃって。
で、それだけじゃないんだ、そしたらさ、
「そういう事ってありますよねー」って、ニコって笑ったんだ、その彼女。
――多分、その笑顔で、俺はすでにノックアウトされてたんだと思う。
それでね、彼女があんまりにも衝撃的過ぎてさ、自分ちのある四階にエレベーターが到着したのもわかんなくってね。ドアが開いて彼女が少しペコって俺に向かってお辞儀してエレベータ降りてってさ、うわぁ、あんな綺麗な人住んでたんだーって、エレベータん中で立ち尽くしてて、ふと、あれ? 四階ってそういや俺の階じゃん! って慌てて降りようとしたら、またしても――。
ガコッ! 「痛っ!」
エレベーターに挟まれてやんの。そしたら俺の先を歩いてた彼女が半身だけこっちに向けて、口は抑えてたけど、もう肩震わせて明らかすぎるくらいに笑っててさ。はぁ、これじゃ曲の歌詞によくあるような
でね、それで彼女が自分の部屋まで行って、ドアの鍵を開けようとしてるのを見つつ、俺も自分の部屋に戻らなきゃとその廊下歩いてて、彼女の横を通り過ぎようとしてやっと気付いたんだ。あれ? そこって、真隣じゃんって。
で、へー、真隣だったのか、って思いつつ、ドア開けて部屋に入ろうとしてる彼女の方をぼーっと見てて、その横を通り過ぎて、俺も自分ちのドアを開けようとして、ポケットに手を突っ込んで鍵を探ってたらさ、彼女、入ろうとしてたドアからひょこっと顔出して、こっちに向いて――。
「洗剤ありますよ? なんの洗剤ですか?」って言ったんだ。
俺はまさに鳩に豆鉄砲。彼女が何を言ってのか全然わかってない。ポケットから出そうとしていた部屋の鍵を、カチャーンと廊下床に落としてしまったり。彼女も不思議そうな表情でこちらに向いたまま、奇妙な沈黙。で、鍵拾わなきゃって身を
「あの、洗剤は?」
って言ったんだ。俺は鍵を拾いつつ、その彼女の二言目でやっと彼女が何言ってんのか理解出来てね。
ああ、そうか、彼女は俺が洗剤買い忘れたと聞いて、分け分けしてくれようってんだな、優しいなぁって思ってさ。それで、
「いえ、洗濯用ですけど、別にそんな、いいですよ」
って普通に断ったんだけど、彼女は、
「いえいえ、それなら大丈夫ですので、ちょっと待ってて下さい」
と言ってすぐに自分の部屋に入っていったんだ。
じゃぁ、とにかくこのまま廊下で待とうと、彼女が出てくるまで一分くらいだったかな? 待ってる間、あそこまで綺麗で可愛い人がまさか俺の真隣に住んでるとか全く知らなかったけど、これって俺にもなんかの縁でもやっと回ってきたのかなぁ? とかちょっと考えたりしててさ。だって、いない歴イコール年齢、生まれて二十七年間独り身だったし。もちろんね、その時点では妄想レベルとしか思ってなかったけどね。
ともかく、その洗剤、貰える物ならば貰っとこうと――。
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