第25話 家出の理由

 いやいやいやいや、いくら幼馴染で腐れ縁の神崎恵子様であろうとも、そんな、ちゃんと寝る部屋なんて一つしかないのに、もちろんベッドなんざシングルのシーツもずっと買えてないような俺のしかないのに、そりゃ床でも使えばスペースは何とかなるとしても、寝具も何とかならないわけでもないとしても、男ならともかくも、女の子を泊めるとか、そりゃ不味いって。


「隆ホントごめん。実はさぁ、実家飛び出しちゃった理由は後で話すけど、最初は女友達のとことか色々当たってたんだけど、断られてばっかりで、なんかだんだん落ち込んできちゃってさ、ふと「隆なら泊めてくれるかなぁ」って思っちゃって、勢いで外出ちゃってたから、それでフラーっと…」そんな、フラッーっとって言われても。

「でも、ケイだって一応さ、いい年した女の子だしさ、……俺、一応、男だよ?」

「そんなの気にしなくたっていいじゃん。ここで断られたらもうこんな時間だし、ホント行くとこない」ってそんな、真剣に困った表情するんじゃないってば……てか、おいおい、嘘泣きって、それ分かるけど泣き真似とか今すんなってーの。ああ、もう!


「分かったよ!泊めてやるから!今日一晩だけな!ったく……」

「ありがとー!大好き隆!」ってコラおい、抱きつくな!おま、俺だって変な気起こすぞ!一応男なんだからさ。

「シャ、シャワーにするからキッチン後片付けでもしておいてよ、な?」

「あーい!チュッ!」ってコラコラ!ほっぺにキスするんじゃない!お前、俺は童貞だって知ってんだろ!……はぁ、本当に泊めて大丈夫か?俺、犯されるんじゃないか?……それはそれで悪くはない気もしなくもない、こともないけど、ともかくシャワーだ――


 ***


 はぁ。でも本当、こりゃ刺激がちょっとなぁ。俺がシャワー終わって、ケイがキッチンをあらかた片付け終えたら次はケイになったんだけど、シャワーっつかお風呂が。湯船に湯張って浸かりたい、つーからどうぞって。

 ところがこう、ケイがバスルームでこう、その、……風呂入ってんだなぁとか思うと、どーしても男だからイメージしてしまうんだよな。音も聞こえてくるしさ。アイツ、割と巨乳だったりスタイルいいからさ、刺激が強すぎるんだ、これ。

 ちなっちゃんの場合なら隣に住んでるってだけだから、そんな想像とかしたりしたことないけど、同じ部屋に、しかも俺の部屋にいる、すっぽんぽんの女の子がいるとか……鼻血出そう。


 ピーンポーン。ん?もう夜の十時だけど、こんな時間に何かな?とインターフォンに出ると――。


「夜分恐れ入ります、櫻井の妹の凛です」

「あ、はい、今開けるから」と、のんきに鼻歌まで聞こえるバスルームの扉の前を横切って、玄関のドアを開けると凛ちゃんが立っていた。

「あ、どうも今晩わ。お姉さん具合は?」

「ありがとうございました。いろいろお世話かけたみたいで。姉の方は結構まだ熱があって辛そうで」

「そうなのか。大変だなぁ。で、凛ちゃんが今晩一緒についててあげんの?」

「はい。こういうことがあるからって近くに引っ越してきたんで」

「そっか。凛ちゃんがいてくれたら俺も安心だな」うん、実際心配で、ケイがいなかったら帰ってから即見に行こうって思ってたし。

「それで、御手洗さんからお借りしてた氷枕に入れる氷がなくなっちゃって、氷あります?」

「ああ、あるよ。ちょっと待ってて」と、俺は凛ちゃんから氷枕を受け取って、まだのんきに歌い続けてるバスルームの扉の前を通って、冷蔵庫から氷を取り出して、氷枕に詰めると、またしてもまだのんきの歌い続けている扉の前を抜けて、再び玄関ドアを開いた。


「お待たせ」と凛ちゃんに氷枕を渡したら、凛ちゃんが俺の背後、というか部屋の中を覗き込もうとする。

「あの、誰かいらっしゃるんですか?」え……、あっ、不味い!ケイの鼻歌バッチリ聞こえてるぞ!

「い、いや、と、友達がさ」ほ、ほんとだからな凛ちゃん、……しかし、俺、かなり焦ってるぞ、ヤバイ。

「ふーん。へー、そうなんだ」と、凛ちゃんの目が輝きまくってるし、ニヤニヤしまくって口角が思いっきり上がってるぞ。

「凛ちゃん、氷枕、ちなっちゃんに早く持って行ってあげて」とでも誤魔化すしかねぇ。

「そんな慌てなくても大丈夫ですよ。姉貴には言いませんって」ってなんで、ウインクするんだ?こいつは。

「隆〜、ボディーソープがもうないよ?補充するのとかないの?」ってコラ!、ケイ!、なんつータイミングでお前という奴は。

「すぐ渡すから、待ってろ!」

「御手洗さんも、なかなか。アハッ。ではお休みなさい。ごゆっくり」って、凛ちゃん、おい、違うから。ま、待て、戻るなって、おい。

「と、友達だから、ただの友達だから!、凛ちゃん!」バタム。


 ヤバイ――。これは、結構ヤバイんじゃないか。「姉貴には言いません」っつってたけど、ほんとかなぁ……。ていうか、マジで、ガチで親友ってだけなんだから、幼馴染のよしみで、頼み込まれて仕方なしに泊めてやってるだけなんだから。はぁ。しかし、そんな細けぇ事情は分かるわけねぇしなぁ……。

「隆〜、ボディーソープまだぁ〜?逆上せちゃうよ〜」

「わーったから!今渡す!」


「ふー、ひぃおふおいいお風呂だったわー」とダイニングテーブルの椅子に腰掛けて、上下スエット姿で頭にタオル巻きつつ、歯ブラシを口に咥えてるケイ。

 はぁ、なんでしかし、あんな絶妙のタイミングで凛ちゃんが……。

へはぁ、はっひはれかひへはのでさぁ さっき誰か来てたの?」

「歯を磨いてから話しろ、……ってああ、さっきな、実はさ、隣のちなっちゃんがさぁ、インフルエンザで寝込んでてさぁ今。で、妹さんが来てて、氷枕の氷が欲しいっていうから、氷入れて氷枕渡したんだ」

 ケイは、キッチンのシンクで、うがいして、歯ブラシを洗ってキッチンのコップに置いてから、言った。

「ちなっちゃん、インフルエンザなのか。そりゃ可哀想だね。でも、一人暮らしでも妹さんがいてくれて良かったじゃん」

「うん、姉妹で助け合おうって、妹さんが離婚して、なんか近くに引っ越して来たらしいよ」

「ふーん、姉妹で助け合いかぁ……、うちの姉弟きょうだいって何やってんだろうなぁ。隆、悪いけど後ろのドライヤー取ってくれる?」


 で。テレビぼーっと見たり、スマホ弄ったりしてて、俺もケイも特に何も話しとかしてなくって、そろそろ十二時近くになって来てて、寝よっか、ってなってね、で、実際問題、どう寝るのか、と――。


「えー、敷き布団はないの?上はあるのに?」とケイは言うのだが。

「だって、そんなの、誰か泊めるとか考えてないんだからさ」

「分かったよ、じゃぁこの余りの上布団を下に敷いてそっちのタオルケットでも掛けて寝るよ」

「タオルケットなんか寒いって。タオルケットを下に引けばいいじゃん」

「だって、それじゃ下が固くて体固まっちゃうよ。痛いし」ってもう、困った奴だなぁ。我が儘というか。

「じゃぁ、ケイがこっちのベッドで寝ればいいじゃん」それしかないって。

「だってぇ、それじゃぁ隆に申し訳ないじゃん」……つーかさ、髪の毛にそんな髪留めを挿して、おでこ出してて膨れっ面でまくら抱きしめて座ってる姿とか、お前、それ、可愛すぎるからやめろ。

「いやもうそれでいいから、俺は。とっとと寝たい」

「分かった。じゃぁそうするけど、本当にいいの?」って、くどい奴だな。

「はいはい、そっちのベッドにとっとと寝れ、電気消すから」

「やったー!」っておい、そんな喜んでベッドに飛び込むとか、テメェ、もしかして最初からベッド狙ってだろ――。


 という感じで、寝る位置は俺がカーペットにタオルケット引いて、余りの上布団、ケイはベッドってことになったんだけど、当然そんなすぐ寝られるわけがない。男女二人で寝てるってだけでも刺激が結構あったりしたが、それよりもだ、何故一晩限りとは言え、家出じみたことをしているのか、まだケイは俺に話していないんだから。


「なぁ、気になって寝られん」と言って、ふとベッドの方を見ると、ケイは横向いて肘ついてこっちに向いてんだ、暗い中よく見ると。

「あたしのことが?やっぱ女の子を意識するから?」

「違う違う、そうじゃなくてプチ家出した理由」

「うん、そうだね。それ話さないとダメだよね。お母さんと大喧嘩した理由」

「大喧嘩したのか、やっぱり……」

「うん、お母さんの言ってることも少しはわかるんだけど、て言うかその前に……優作がね、行方不明になっちゃって」

「えっ?行方不明?」

「一週間以上、家に戻ってないの。連絡も取れなくって……」

「それって、どこに行ったか見当とかついてないの?」

「今のところね。優作もね、もういい歳だからさ、どっか友達のところにでも行ってるとは思うし、多分大丈夫だとは思うけどさ……」

「けど?」

「やっぱり心配じゃんか。家族なんだし、そう思わない?」と少しケイは強い調子で言う。

「そりゃまぁそうだろうけど……、それで?」

「それでね、一応さ、私は警察に捜索願出しておいた方がいいって言ったの」

「捜索願か、それって警察はすぐに探してくれるの?」

「どうもそうじゃないらしいけどね、でもなんかあったら一応警察の方で照会はしてくれるじゃんか」

「うん、データベースには登録されるだろうな」

「でもお母さんは、捜索願は出さないって言って聞かないの」

「え?どうして?」

「よくわかんない。昔、まだお父さんが生きてた頃に、なんか警察に酷い目にあったらしくって信用できないから、らしいけど。とにかく、捜索願は絶対ダメだってどーしても聞き入れてくれなくって」

「えー。そりゃでも困るじゃん。一応、捜索願くらいは出しておかないとなぁ」

「でもね、そう言えば中学か高校くらいの時、お父さんが酷い目にあったらしいことは確かなの。もうちょっとで犯罪者にされかけたらしいから。細かいことは知らないけど、それは私も覚えてる。とにかくね、それで……」

「大喧嘩になっちゃったってことか」

「そう。で、じゃぁ私も出て行くけど、絶対探すなよ!って意味わかんない啖呵切って家出しちゃったの。あはは」

「そりゃ、意味わからんな。まぁでも、明日には帰るんだろ?」

「うんそのつもり。捜索願も私の方が勝手に出せばいいだけだしね」

「そっか。でも優作君だな、本当の問題は」

「うん、そゆこと。ふぁー、もう眠いから寝るね、おやすみ」

「おやすみ」


 なるほどね。変に啖呵切って出て行っただけから、とりあえず今日だけ帰らないってだけなんだな。ちょっと安心した。もし本気の家出で泊まるの延長されたらどうしようとか、ふと思ったりしたからな。でも、優作君も連絡くらいすすればいいのに、どこで何してんだろうなぁ。困った奴だ。


「ねぇねぇ、隆、寝る前に一つ聞いていい?」

「なに?」

「……ちなっちゃんのこと」

「ちなっちゃんが?」

「……、ううん、なんでもない、おやすみ」


何を聞こうとしたんだろう?――。

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